「誤解、か」
深く息を吐くように、清雅は呟いた。
「何なに? もしかして、清雅君も誤解な気がしてきた?」
「人物像が噛み合わないから、違和感はあったんだ。だが、猫を被っているのかと思い込んでいた。……とんだ失態だな。
御史台でお前を暫く監視していて、思いの外抜けていると感じた。演技にしては不自然なほどだ。事実お前は間抜けなんだろう」
「それ、俺のいつものからかいへの仕返しか何かなの…?」
淡々と間抜け評価を下されるのはなかなか切ないものがある。あと、猫被りはきっとセーガ君の方がずっと上手だ。俺は最初こそ猫になろうと頑張ったけれども、常に猫を被り続けるなんてできないものだから、今となっては開き直ってしまっている。
「仕返してもいいのか。なら、楽しみにしておいてもらおうか」
「やめて」
このままでは立場が逆転してからかわれる側になってしまう。由々しき事態である。
あわあわと焦る櫂兎に、清雅はふっと息を吐いた。
「お前は言うことはふざけていても、仕事にふざけることはないようだからな。書類仕事は早いようだが、それ以外の仕事の要領は悪いようだし」
「全然褒められてる気がしない」
そもそも褒めてない、と清雅は笑った。それから、眉根をきゅっと寄せて、苦い顔しながら櫂兎に問いかけた。
「吏部で過去にお前の側にいた人間のうちに、ふざけたような人となりで、仕事だけは手際いい奴がいなかったか」
「なんだか物凄く心当たりがある気がする。むしろその人以外いない気がする」
そんな人間が複数いてたまるか、というのが正しいか。何やってくれてるんだろうあの人。
おかしいな、御史台にきてから受けている被害の原因に、貘馬木殿がちらほら見え隠れしている気がする。やっぱりあの人は疫病神か何かなのだろうか。とっとと出て行ってくれないだろうか。それとも、もう彼と知り合ってしまった時点で俺は手遅れだったんだろうか。
「ちなみに、実際何があったの?」
清雅は「少し長くなるが」と前置いてから話し始めた。
「ここに所属してそう経っていない頃。地方の視察と銘うって、温泉地に単身送り込まれたことがあった。色々と調査もしたが、ただの療養地だった。
紫州に帰ってきたら、何故か大きな捕物の手柄を俺が立てていたことになっていた。しかも、俺は、俺が紫州にいなかった期間にその捕物の前線指揮をとっていたらしい」
なんだそれ。
「逆に、俺の地方視察の指示なんて、はじめから出されていなかったのだと言われた」
「……セーガ君の出世は、御史台全体で仕組まれたことだった?」
「はじめは、そういうことなのかと思って、何を意図しているのかと上司に訊いてみたんだが、何も仕組んではいないの一点張りでな。どうにもおかしいことに気付いた」
清雅の話をきき、櫂兎は自分でもどういうことなのか考えはじめる。
話の流れからするに、それを仕組んだのは貘馬木殿なんだろう。それが、どうしてセーガ君の紫州不在時にセーガ君が紫州で手柄をあげられることになるのか。
そういえば、彼は何か、吏部の仕事以外にも任務がどうとか言っていなかったろうか。
ふと、覆面官吏の指導時に、彼が大きな木箱に入った道具を持ち出して、目の前で自分に変装を実演してみせたその時のことを思い出す。…そう、彼に化粧を施されて、最後に被された鬘。髪型は違うが、髪色は丁度こんな、水色に近い色をしていなかったか。セーガ君の髪のような――
△Menu ▼
bkm