緑風は刃のごとく 86
視線で人でも殺しそうな清雅を前に、櫂兎は狼狽えていた。
楊修のことを黙っていたのがそんなに機嫌を損ねたのだろうか。それにしては、どうも怒りが過ぎる気がする。

彼には悪いが、彼が許してくれる範囲で、彼をからかうのが櫂兎は割と好きだったのだ。今まで身近にいなかったタイプで、嫌がりながらも律儀に対応してくれるところに、人のよさだとか櫂兎への甘さが見えるようで。だからこそ、許される範囲、越えてはいけないラインは見定めていたつもりだったのだが――
矜持? 容赦ない? 全く心当たりがない。

いや、一つだけ、あるといえばある。吏部での一件だ。あのときばかりは絳攸や黎深の立場を守ろうと、彼らが追い落とされないようにとやけに神経を尖らせて、必死になって何も残らぬよう片っ端から全てを叩き潰した。…そのことだろうか。
しかし、あれの責任者は皇毅であったというし。どうにも、何かお互い認識にズレが生じているように思った。自分が鈍感なせいかもしれない、そこはまず指摘されなければ分からない。


「悪いことしてたなら謝るから、俺、何したの。教えてくれない?」

「謝られたいわけじゃない、それはお前がしたいことを言っているだけだろう。許されたいとでもいうのか。砂糖菓子みたいな甘さだな」


清雅は、「砂を噛むのに似ている」と吐き捨てた。


「……許さなくていい、許されなくていいからさ。教えてよ、分かんないままに怒られると、もやもやする」


本当は、許されないなんて、嫌で悲しくて仕方ないのだけれど、と内心でだけ呟く。取り戻せない、取り戻されない、失われたまま、それで仕方がないという。泣いてしまいそうなそれを、おそろしいそれを、罪とでも呼ぶのだろう。


「……三回目」


ぽつり、と清雅は呟いた。


「こんな最悪な気持ちになったのは、三回目だ」


その回数に、俺鈍すぎだろと櫂兎は壁に頭を打ち付けたくなった。三回分も思いつかない自分の情けなさと清雅への罪悪感でともかくもう土下座したい気分だ。

あれか、もしかして、彼が女装しているところに街で出くわしたとき軽くからかったのが悪かったのか? それとも彼の執務室へ用もなく顔を出していたのが迷惑だったか? どちらも不快そうにはしていたが、そうこたえた様子に見えなかったから気にしていなかった。内心傷ついていたんだろうか、と青ざめる。


(思春期だもんな、そっか、そうか…そうなんだろうか)


櫂兎がぐるぐると考えていたところで、清雅が沈黙を破る。櫂兎は思考を止め、清雅の言葉に集中した。


「今回の件も、お前が仕組んだことなんだろう」

「ふぇっ?」


わけがわからなくて変な声が出た。


「えっと、何のこと?」

「お前の後輩だというアレだ。俺はさぞ滑稽だったろう。奴の目的どころか、紛れ込んでいたことさえ今の今まで読めなかったんだ。
それとも、お前がここにいることも絡んでいるのか?」


まさか、楊修の件丸々を俺が仕組んだ、とでも言いたいのだろうか。しかも、俺が吏部を辞めさせられて御史台に拾われたことが、まるではじめから御史台にスパイにでも来るためだったというような言い分。それはあんまりに被害妄想が過ぎる、というか俺の信用がなさすぎないだろうか。
ああ、彼をからかっていたことがこんな風に作用するなんて。後悔先に立たず。悲しいまでに、俺の彼への誠意が足りていないのだろう。
さて、どこから話そうか。その前に、まずは謝罪からはいろうか。


86 / 97
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -