そのまま秀麗嬢との会話を打ち切って、皇毅からの追及を逃げるようにその場を後にした梦須は、さてこれから府庫へ向かおうというところでがしりと捕まえられた。皇毅である。その表情は鬼武者般若も真っ青な形相であった。『大魔王からは逃げられない』とはこういうことかと、梦須はどこか納得していた。
「何故、此処にいる? 今更殺しに来たか」
「はは、じょーだん。とっくに契約切れだよ」
ひらひら、と手を振る梦須に、皇毅は目を細める。
「妻と娘、などと言っていたか。随分と人間の真似が上手くなったものだな」
「失礼な奴だなーもう。言っとくけどなぁ、らぶらぶで仲良しなんだぞー?」
独り身のお前さんにはうらやましかろー、とどこか茶化すようにケラケラ笑った梦須に、皇毅は忌々しげに舌打ちする。そんな皇毅を満足げにみながら、梦須は言葉を重ねた。
「お前は鬼の真似事か?
知っているか、ずっと顰め面をしていると、眉の間の皺がとれなくなる」
何を言い出すのかと訝しむ皇毅に、梦須は彼に似合わぬ表情でふわりと笑った。どこかちぐはぐとした、違和感が不気味さを呼ぶ。
「戦場に長くいた兵は、血の臭いがとれなくなる。それと、同じさ。習慣とは、刷り込みとは怖いものでね。
鬼の真似事を常日頃からしていては、そのうち鬼になってしまうよ」
皇毅は、梦須の言葉を鼻で笑った。忠告のつもりなのだろうか、確かに、見た目はたいして変わりないというのに、中身は随分と変わったらしい。自分の記憶の中の『貘馬木梦須』とは別物といっていいくらいだ。
「お前は人間の真似事をして、人になったとでもいうのか」
「失敬な。私は最初から健全で善良な人間であるというのに」
そこまで言ったところで、梦須はひとつ失敗したとでもいう風に舌打ちした。
「あーもお、お節介口走るとかァ、らしくもねえことしちまったじゃねぇの。しかも何だよあの猫被り口調はよぉ〜、くっそー、お前のせいだぞお前の」
はてさて、何をもって彼らしいとするのか理解し難いところではあったが、ともかく、化け物の自覚はあったらしい。その上で、先の発言が彼の本意ではなかったことだけは皇毅にも理解できた。
なるほど、基本的に捻くれているところは昔のままらしい。その考え方が常人に理解できやすいかし辛いかの違いだけで。
ついでに口調も、優男風な話し方は封印しているらしかった。確かに昔は、彼がこの、誰かから借りてきたかのような優男風な口調で話す度に、吐き気がするほど似合わないと思っていたが。諭すような場面であったから出てきてしまったのか、それとも懐かしさに引き摺られたのか。そこまでは皇毅の至り知らぬところではあったが、本人も似合わないことは自覚済みのようだった。
「……なー、そろそろ帰ってもいい?」
「此処にいた理由と、先程の名乗りの経緯を話せば考えてもやらんこともない」
「考えるだけとか言うなよな!?」
「話す内容にもよる」
「うぇ〜……」
心底嫌そうな顔をしながら、梦須は話した。府庫に侵入予定であったこと、秀麗嬢とは何度か接触があり、名乗れといわれて次に会うようなことがあれば、なんて話で賭けにしてしまったこと。府庫への侵入理由については、調べ物があるとさらりと嘘を吐いていたが、皇毅は「そうか」と一言返すのみだった。
「それより、俺もきくけど。『殺しにきたか』ってのはつまり、そういうことだと考えていいんだな」
「……」
「相変わらずの旺季大好きちゃんめ。ふーん、へぇー、そうか。ふぅ〜ん?」
ケラケラケラ、と梦須は笑った。
「ま、俺には関係ない話みたいだな」
「自分は死人だとでも言いだすつもりか。16年前のお前の方が、余程死人らしい目をしていたぞ」
手伝え、と暗に示した皇毅に梦須はべぇと舌をだした。
「ヤァだよ。人が足りないってんなら、俺の元部下なんかをお勧めしちゃうけど〜。今可愛がってくれてんでしょ?」
「あれは、こちらではないだろう」
怪訝そうにした皇毅に、貘馬木はにやりと笑う。
「ほだされちゃった?」
梦須の言葉に、皇毅は不機嫌そうに唸った。
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