ふ、と劉輝の表情が、笑顔から真剣なものに変わる。
「どうされましたか、陛下?」
「いや、一目見て危ない橋だと分かればいいのだが、分からないと怖いと思ってな」
「そう、ですね。
秀麗さんだと思われた人物が、実は別人で渡っている途中に橋を切って落っことされてしまう、全ては罠だった、なんてことも起こり得ますし」
「ひいっ」
「橋自体に問題がなくとも、橋の下に実は人食い鬼が棲んでいたとかで、渡ると食べられるなんてことにもなるかもしれません」
「も、もう余は橋を渡れないのだ」
がくがくがくと子供のように震える劉輝に、例え話ですよと微笑む。
「ですから、予想外のことがなるべくないように、それが本当に秀麗さんであるかをしっかりと調べておくだとか、過去にその橋を渡った者が生きて帰ってきたかというのを調べ見逃さないことなのです」
「……難しいな」
「ええ。いくら準備しても、予測外のことは起こり得るものです。しかし、何も用意がないよりはいいでしょう。何も起こらないことだって、ありますし」
「ふむ」
劉輝が顎に手をやった。櫂兎は話を続ける。
「もしも、橋が落ちて取り返しのつかないことが起きてしまったら」
「しまったら?」
「謝ります」
劉輝がぽかんとしたのに、櫂兎は苦笑した。
「それだけで許されなければ、責任をとることも求められるでしょう。取り返しのつかないことは、当然ながら取り返しはつきません。ならば、せめて責任をもって、非難を受けとめることが当然かと思います」
「橋を渡ることも、簡単ではないのだな……」
確かに、これだと橋渡りというより綱渡りじゃないか。……自分が綱渡りばかりしている節は否定できないが。
話も長くなってきて、そろそろ御史台に戻らないとまずいとなってきたところで、櫂兎は話をまとめにはいる。
「危なくとも渡るべき橋があるとき、準備と覚悟があれば幾分か気は楽というだけのお話でございました。要は渡った者勝ちにございます」
「……そんな話だったか?」
何だか違う気もする。
「渡れなかった時、謝るだけで済めばいいですね、も付け足しておきましょうか」
多分、的をさらに外すようなことを付け足して、こんな話だったかと頭上に疑問符を並べだす櫂兎をよそに、劉輝は劉輝で考えだしたようで、ぽつりぽつりと呟きだす。
「……許して、もらえなかったら。もし失敗してしまって、何をしても、許してもらえなかったら、余は、どうすればいいのだ?」
「一生許されないでいること、でしょうかね」
即座に思いついたことをそのまま返してしまう。劉輝はそれをきいて、どこか苦い顔をした。
「それが責任、か。……重いな」
「重いですね」
「ああ、重い」
「それが重いのならば、怖いのならば、渡らないのも一手です」
逃げ、とも言われそうな、それでも戦略上は正しい、いわゆる撤退を提案すると、劉輝は櫂兎に悲しげに微笑んだ。
「それでも、橋の先に行かなければ得られないものがあるなら。それがどうしても欲しいときは、余は、どうすればいいのだ?」
その悲痛な面持ちに、諦められない己への嘲りのような笑みに、櫂兎はそっと目を閉じて、思考を巡らせた。
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