緑風は刃のごとく 77
数秒の沈黙の後、櫂兎は問いへの答えを口にした。


「いっそ、落ちない橋を作ってしまうなんてどうです?」


茶目っ気まじりの悪戯っぽい笑みをにっこり浮かべた櫂兎に、劉輝は目を点にした。くすくすと櫂兎は笑いながら続けた。


「渡らないで得る方法を探す、ということです。何も、選択は限られてはおりません。もちろん、時間や経費との相談になりますが、何も焦って橋を渡る必要はありません。ひとの手や知恵を借りるのも方法の一つですよ」

「できるだろうか」

「さて、やってみなければこればかりは分かりません。いくら推測や予想はしたところで、実際に行動におこさねば、結果は出ないのです。結果をみなければ、成否も出せません」

「何だか…これでは、賭けごとに似ている気がしてきたぞ」

「ふふ、案外近いのかもしれません。己次第で、有利にも不利にもなり得る賭けですね」


さて、と魚の入った壺と重箱の包まれた風呂敷を軽々と持ち上げ、櫂兎は劉輝に別れを告げる。随分と長くなってしまい、御史台に戻るのも遅くなってしまった。後が怖いなと思いながら、櫂兎は戻った時の説明という名の言い訳を考えるのだった。










櫂兎が、何やら高価な壺と大きな重箱の包まれているらしい風呂敷を持って御史台に戻ってきたというので、自然その場にいる者たちの視線は集まった。とはいっても、重箱の方は最近よく持ち歩いている姿がみられているので、今更驚く者もいなかったが。問題は壺の方だ。


「あっ、魚釣りですか」


ぺかーと満点の笑顔でお気楽なことを聞いたのは、最近御史台に出入りの多い侍童の邑、ピリピリした御史台に現れた唯一ともいえる癒しだ。12歳の外見年齢相応の子供っぽさもあり、最近大人びた子供ばかりみていた櫂兎としてはなんともほっとする存在であった。


「まあそんなところです」


中身に注目した邑に対して、周りの御史達の視線は外側…壺へと向いている。適当にそこらの壺をと借りたのが失敗だったらしい。高価なのは一目でわかるとして、この複雑な加工と独特の色合いは、きっと見る者が見れば職人や技法、下手すると作品名まで特定でき、そこから壺の出処は王宮だと気付くのだろう。これだから御史台という場所は侮れない。
王宮から持ってきた壺の中で魚が死んでいるというのもなかなかまずかった。この魚の毒死に気付かれ指摘され、色々と要らぬ誤解を生む前に、副官室へ戻ってそこの中扉から長官室に行ってしまうことにする。


「僕、扉開けますね!」


櫂兎の見る方向に気付いてか、邑はそう言うと櫂兎の斜め前を歩き副官室の扉を開けた。
感謝の言葉を口にして、中に入る。室には、何故か沃がいる。彼は窓の外を睨みつけており、その視線を追ってみれば、そこには晏樹がいた。沃に向けているのは笑顔であるはずなのに、どこか不気味だ。今までにない黒さと濃さにくらりとした。


「ひええ……」


後ろでか細い声がして、扉を閉める音がした。まあ、こんなの見ちゃ裸足で泣いて逃げ出すわな。
と、袖が不意に押される感覚がして驚きそちらを見れば、邑は櫂兎に隠れる形で顔だけひょっこりと出していた。扉を閉めたのは室外の御史達に中の様子を見させないためで、彼自身は逃げなかったようだ。
単に彼が好奇心旺盛なだけかもしれないが、それにしたって、怖いもの知らずにもほどがある。

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空中三回転半宙返り土下座
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