浮かんだ魚に、さっと劉輝の顔が変わった。
「櫂兎…これは?」
「毒でしょうね」
劉輝が息をのむ。櫂兎はどこまで話そうか、と考えながら言葉を選び紡ぐ。
「ある件で、ある人に届けられたものを私が回収したのです。命が狙われているのではないかと睨んで張っていた甲斐はありました」
もちろんこれに、知っていたという要素は大きいけれど。それにしたって、あんなに怪しさ満々なのが曲がりなりにも通ってしまうとは、警備がざるすぎやしないだろうか。事件の重要参考人であることを、全く重要視していないような処遇だ。
と、痛いほどまでに櫂兎に向く劉輝の視線に気づき、たじろぐ。やけに真剣な目で、少し怖い。視線のワケに、心当たりをさぐって、確証がないながらも口にする。
「……あの、私が狙われているとかではないですよ? ご心配なく」
目に見えてほっとした劉輝に、あっていたかとホッとする。
「また、大変なことに関わっているのだな。危ない橋は渡らないほうがいいと思うぞ」
はて、『また』とはどういうことか。そんな覚えはないのだが、これは偏見であったり風評被害だとかいうやつではないだろうか。毎日イベント多発、波乱ばかりのびっくりどっきり人間と一緒にされては困る。
……今はその話ではない。
危ない橋か、と櫂兎は呟く。渡らず済むなら櫂兎だって渡りたくない。しかし、そうもいかない状況であったし、そのリスクに見合う見返りはあった。それに、そのリスクを、どれだけ事前準備で回避軽減できるかまで計算に組み込んでおけば、危ない橋も案外怖がらずに渡れてしまうものだ。
さてこの、まずリスクをとる、ということを、どう喩えて説明すべきか。
「橋の先に金銀財宝があっても?」
「別に欲しくないしな」
「ですよね」
この例えはよろしくなかったか。金持ちめ、全部民の血税だぞ。となると、そうだな、彼の場合ーー
「橋の先で秀麗さんが『こっちにいらっしゃい』と手を振っていてもですか?」
「わ、渡らなければならないな! はっ、しかし危ないのだったか…どどど、どうする櫂兎!」
目に見えてうろたえる劉輝に櫂兎はくすりと笑った。ここまでくると単純すぎて可愛いらしい。そのままの君であれ…
そんなことを櫂兎が思っていれば、劉輝は櫂兎の手をとり、力強く握ってはぶんぶんと揺らした。
「危ない橋を渡る時には、余も、ほら、力になるぞ? 一緒に渡るくらいはするぞ?」
「それむしろ余計危険になってますよね」
橋が落ちそうだ。
確かにそうだとショックを受けて、頭を抱えてどうすればいいのかうんうん悩みだした劉輝に、ほっこりしながら説明する。
「危機や危険をある程度特定して、それらの発生頻度と影響度を分析しておけば、対策を用意できるでしょう。
橋で例えるならば、そうですね、橋の補強をすれば、その橋はもう危ない橋ではありません。
それでも避けられない危機はあるでしょう。その場合には、実際に発生した際に、被害を最小限に抑える準備をしておくことです。命綱をつけておけば、橋が落ちた時怪我をするだけで命を落とすまでには至りません」
「秀麗に手当もして貰えるだろうしな、いいことづくしなのだ!」
それはちょっと違う気が、いや、何も言うまい。幸せそうな劉輝の顔を見ては、水を差すのも無粋と口を噤んだ。
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bkm