緑風は刃のごとく 74
「ちなみにその届けられたものは何処に?」

「はい。もう少ししたら届けようかと、そこに置いてあります」


そういって獄吏は側の机上を指差した。
近付き、ざっと観察する。重箱を包む風呂敷は、一目で質のいいものだと分かった。幾ら何でも、これを蘇芳が付け届けの包みに使うというのには、彼の私財は差し押さえられていることを思えば無理がある。櫂兎は眉間に寄ったしわをおさえた。御史台に就いてから、こんなことばかりである。このままでは本当に眉間のしわがとれなくなってしまいそうだ。


「丁度、今から榛淵西とは面会するつもりでしたから、これ渡しておきますよ」


そう言ってそれを手にとる。櫂兎の両手が荷物で埋まったことに、獄吏は櫂兎の荷物を預かることを提案したが、櫂兎はそれを断った。これを預かられてしまっては、これからしようということができないのだ。


さて、付き添いも断り、一人で牢の廊下を歩く櫂兎は、ある程度進んだところで足を止めた。このあたりの牢には事前に調べた通り囚人がはいっていないからして、ここですることが人目に触れる心配はない。
付け届けを包んでいた風呂敷を、その場で手早く自分の持ってきた重箱の風呂敷と交換する。名付けて、すり替えておいたのさ! 大作戦だ。自分の用意してきた重箱もといお弁当に毒は入ってないため、万が一食べてしまっても心配ない。何より、証拠品が押収できる。
重箱の大きさが、用意してきたものとそう違いもなく、段を減らす必要がなかったのは幸いであった。


「さて、届けますかね」








「おお、櫂兎。こんな場所で会うのは初めてだな」


劉輝が後ろから声を掛けると、櫂兎はおっかなびっくりといった感じで振り返った。


「り、劉輝様……これはその」

「あの狸、げふん。霄大師への用事か何かだろう?」

「よくお分かりで」


王の居住区画も近いこの場所は、一般官吏が入るには許可が必要となる。許可なくこのあたりを歩けるのは、宰相や妃といった王に近いものばかりだ。ついでに、あの狸爺の徘徊場所でもある。


「余は見なかったことにしておこう」

「……助かります」

「貸しにしておくぞ」


ほわ、と笑いながらもちゃっかりそう宣言しておく。櫂兎は少し目をまるくしてから、にこりと頷いた。


「ついでに、もう一つ頼まれては下さいませんか?」

「む。あの狸ジジ、こほん。霄大師を見つけるというのは、余にも難しいぞ?」


何せ、厄介な時には必ず姿を見せ、用事のある時には見つからない、そういう人物なのだ。


「いえ、そこの池のお魚を一匹頂けないかなと思ったまでで」

「あの池の魚は、食べるのにはおすすめしないぞ」

「食べませんよ!?」


ぎょっとした櫂兎に劉輝が首を傾げる。


「むう? 秀麗は、あの池をみながら『あの魚、食べられるかしら』と呟いていたのだ」


それをきいて、櫂兎が額をおさえる。なんにせよ、別に魚一匹程度ならば構わないことを伝えると、櫂兎は抱えられるくらいの大きさの壺を用意し、そこに池の魚を一匹うつした。


「何に使うのだ?」


櫂兎はそれには答えず、ただ魚に向かって「ごめんね」と小さく声をかけたかと思うと、持っていた風呂敷を広げた。中から、黒い重箱が出てくる。
櫂兎が、「箸がついてないなんて、本当に色々と杜撰だな」とぼやきながら、その重箱の蓋を開けた。中には色とりどりの菜や美味しそうな饅頭が入っている。櫂兎は、懐から取り出した手拭いで直接触れないようにしながら、饅頭の皮を千切り、壺の魚に与えた。
水面に浮かぶ饅頭の皮を、ぱくぱくと魚は食べる。


「餌やりか……?」

「いえ、毒見です」


饅頭の皮を食べた魚は、程なくしてぷかりと浮かび白い腹を見せた。

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空中三回転半宙返り土下座
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