緑風は刃のごとく 70
邵可を遠ざけつつ、櫂兎はまともなお茶を淹れなおす。それを飲んで落ち着いたらしい鈴将は、ポツリポツリと話し始めた。


「俺さ、元々官吏になんてなる気は無かったし、どっちかってーと武官になりたくて。でも、禁軍なんて花形は、受けてみたところで剣舞がてんでダメなもんだから、さーっぱり受からなくって。まあ、それでも、下っ端でも頑張ろうって思ってた。
のーに! あーの彭民のお節介! 勝手に親に連絡とりやがって、いつの間にかあいつと一緒に俺まで御史台入ることになってんの。あいつ、俺の面倒みる義務は自分にあるとか思ってんだ、きっと」


苦い顔をしつつ、鈴将は茶をすする。その表情は茶の味のせいではないだろう。
悔いているのか、嘆いているのか、鈴将は眉根にめいっぱい皺をよせる。


「それでもさ。これでも、最初は御史として、それなりに前向きに頑張ってやるかなって思ってたのよ、俺」


でも、と鈴将は続ける。
その鈴将の頑張りというのは報われなかった。何故上手くいかないのかも彼には分からないまま、から回ってばかりで、気付けば現場では邪険に扱われ、職場でも雑用しか任されなくなっていた。


「極め付けは、…そうだな。空気、雰囲気、方針。何て言えばいいのかわかんねーけど、『御史台』っていう場所の…性質?
御史台の仕事って、不正監視のはずなのに、『重要なのは不正の事実じゃなくて、どう手柄をあげて出世するか』、だとか、『目の前の案件は踏み台だ』って考えてるやついるんだもんなー。さすがに行き過ぎててついてけなかった。
多分、生きてる場所が違ったんだろうと思う」


御史台に所属する者は、多くが資蔭制で入朝しており、貴族出身者が主だ。その中には、古から続く名家の出身者もいる。
しかし、国試が導入されてから数年、朝廷内での貴族の影響力は衰える一方。彩八家に縁ゆかりのある家ですら、地位築く後ろ盾となるには弱い。以前と変わらぬ影響力を持つのは、彩八家でも紅家と藍家の二家くらいだ。

この貴族の立場の落ち目に、家の存亡を負って入朝した者も、中にはいるに違いない。御史台に属す、彼らの多くが手柄を求めるのには、きっとそういう背景があるのだろう。そう鈴将は推測する。

しかし、鈴将は彼らではない。鈴家は、一応は貴族の末端に名を連ねてはいるが、これは前の戦での功績によるものであり、いわゆる成り上がり。生活も、一般民衆とそう大きくは変わらない慎ましいもの。親たちは、鈴将が朝廷内での地位確立や国への影響力を持つことに期待などしていない。


「飲み込めないもの押し込むのも苦しくて…限界だった」


それが、仕事姿勢にも出たのか、使えないと判断されたのか。ぱたりと仕事がこなくなった。稀に回ってくるものも、やらなくても咎められない。
苦笑いを浮かべる鈴将だが、その手は震えていた。


「何やってんだろ、俺」


ぽつり、と、そう呟く鈴将の瞳から、一雫涙が頬を伝って落ちた。鈴将は、すぐにそれを拭き、少し間を空けて話を再開する。


「呼ばれた時、クビを言い渡されたことに、実はちょっとほっとした。諦める理由をもらえた気がしてさ。これでおさらばできるなって、思ってたんだ。
でもさ、違ったんだ。次はそこにいけ、とか言われて紙渡されて、それみりゃ『兵部』って書かれてんの。頭が真っ白になった。意味わかんねーんだもん。もう、混乱しちまって、なんか、いっぱいいっぱいで、気づいたら出て行っちまって……」


それを思い出したのか、鈴将はむず痒そうな顔をして身悶え唸った。冷静になった彼からすれば、その行動は本意ではなかったらしい。
櫂兎は長官の執務室から強張った顔で出てきた鈴将を思い出しながら、減ってきた湯飲みの茶を注ぎ足した。
鈴将は、そのまま力なく机に突っ伏して、首だけ櫂兎の方向に向ける。鈴将をずっと目で追っていた櫂兎と、ぱちりと視線が合ったことに、少しだけ頬を緩ませてから、鈴将は口を開く。


「兵部って、さ。
……ほら、戦や武芸の専門知識のいる部署だろ。そういうの持ってない人間が入れる場所じゃないわけよ。はいれたにしても、誰にでもできるような雑用しか押し付けられないだろうし。
俺は、まあ、ある程度はそういうのも知ってるんだけど。そのこと、御史台来てから一度も誰にも話した覚えはなかったんだよ。
なのに、兵部。もう、彭民が伝えたとしか思えねえの」


鈴将は瞳を閉じた。


「あんまりにも俺が燻ってるからって、またお節介焼かれたのかねえ。でも、何だろ、彭民が理由ってだけで、すんげーきついし悔しいしつらい。そんな感じがする」

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空中三回転半宙返り土下座
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