緑風は刃のごとく 71
「……前置き、すごく長くなったけど、棚夏のあの問いには、その通りだと、答えておく。
今、兵部にいる。ああして言われたってこともあったけど、実際やりたい分野でもあったからさ。武官に転向する前にと思って、採用情報ききに行ったら、まるで用意されてたみたいに空きがあって、試問も簡単で、試しにしてみた申請がすぐに通った」


不思議なこともあるものだよなと鈴将はわざとらしく言っては苦笑いした。彼からすれば、あまりにうまく行き過ぎた展開。冗官達が人員整理の煽りを受けて免職されまいと、自分を売り込みにいく流れに自然と入り込めたのも、何かの作為を感じずにはいられない。


「今は、…そうだな。何か凄く惨めな気分。
自分が、本当に何も出来ないんだなあと、駄目な奴なんだなあと、そう思わずにはいられない。自分で自分を見切って、諦めそうになる。……いや、実際、駄目な奴なんだろうな。俺。
……どうして、どうしてあいつは俺のこと諦めてくんないんだろ」


その言葉は苦しげで、いつもの彼の明るさはどこにもなかった。
また暫く無言になった鈴将は、不意に自分の両頬をパンと軽快な音をさせ叩き、表情を一転、にっかりと笑顔になる。
突然の鈴将の行動に驚き、目をぱちぱちさせる櫂兎に、鈴将は話す。


「やっぱ、こういうの俺の性分じゃないや、ってね。
落ち込んでても仕方ないから。そりゃまー、そう簡単に心機一転とはいかないけれど、考えても分からねえことは、取り敢えず考えるの打ち切ったほうがいいって、これ俺の経験則。
あとは、取り敢えず何かしてれば何かしら進めるからさ。引きずりながらも進んでりゃ、いつの間にか視界も景色も変わって平気になってたりもするし。先を考えるのはそれから。それまでは兵部でやっていこう、ってね。
いやあ、でも。聞いてもらえるっていいな。それだけで結構、楽になったかも。ありがとな、棚夏」


「鈴将……」


思わず櫂兎の方が泣きたい気持ちになったところで、そんな空気をかき消すように、ぐうきゅるると間の抜けたお腹の音がした。


「……話し疲れたせいかな、へへ」


照れ笑いを浮かべた鈴将に、櫂兎は眼をひからせる。


「お腹、すいてる?」

「実は。昨日書物読みふけってたせいで寝坊して、朝餉食べそこなった」


もしかすると、彼が茶の誘いに乗ったのは、空腹のせいだったのかもしれない。


「ここに、おにぎりと それによくあうおかずがあります」

「なんと」

「食べる?」

「食う食う!」


その場で重箱を広げれば、歓声があがる。


「いいの? えっ、本当に今からがっついちまうぞ? いいの?」

「どうぞどうぞ。……いいよね、邵可」

「書物さえ汚れないなら構わないよ」

「わあ」


ぱあと満面眩しい笑顔をあふれさせた鈴将は、箸と小皿を手に食べ始める。


「はー、うまー」


一口食べてはとろんと頬を緩ませ、次々に口へ放り込んでいく。とても幸せそうだ。
美味しそうに食べてもらえるというのは、やはり作った身としても嬉しいものがある。自然、櫂兎もにこにこ笑顔になった。

よほどお腹が空いていたのか、鈴将は重箱の半分以上を平らげた。それから、本来の目的を思い出したかのように、慌てて邵可に掛け合い、何冊かの書物を見繕って貰った後、その場を後にした。

71 / 97
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -