「あれ、珍しいね。こんな時間に君が来るなんて」
お午時。府庫に現れた櫂兎に、邵可は片眉を上げた。
「うん、今晩はちょっと来られそうにないから、今持ってきた」
櫂兎はそう言って風呂敷に包まれた重箱を掲げた。邵可は、それをみて眉を下げる。
「気を回してくれたところ悪いのだけれどね、櫂兎。今晩は静蘭も私も、久しぶりに秀麗と食事をする予定で」
「えー、今日はお茶菓子も、作ってもらったの持ってきたのにー」
残念、と眉を下げる櫂兎に邵可は微笑む。
「時間、あるかい? 」
「今? ……お茶を淹れて飲むくらいの時間なら」
「じゃあ、今頂こうよ、そのお茶菓子だけでも」
そう言って柔らかく微笑む邵可に、櫂兎は嬉しそうに頷いた。
安定の、なんともいえない不味いお茶を、時たまむせながら櫂兎は啜る。慣れた味とはいえ、一体どうすればここまで不味い茶になるのか。
「…あ、美味しい」
朔羅作の茶菓子を一口食して櫂兎は呟いた。手のひらにのるくらいの饅頭サイズのそれは、お餅のような団子のような、モチモチとした不思議な食感に、上品な甘さがなんとも美味な一品だ。
「実にいい味だろう」
「お前のお茶の話じゃねえよ」
「ええー」
冗談なのか本気なのか分からない笑顔をみせる邵可に櫂兎はほおを引きつらせた。
と、府庫に近付く足音に、櫂兎は茶菓子にのばしていた手を止める。小声で片付けた方がいいか訊くが、邵可は「府庫でお茶しちゃダメなんて決まりはないよ?」などととぼけた調子で言った。
その足音も、府庫の前で止まる。抱えた書物を一度抱え直した、その足音の主は、なにか考え事の真っ最中のようで、斜め上の天井の端の方をじっと見ながら用件を言った。
「お借りした芭陣書を返しにきました」
「……鈴将?」
彼がそこにいることに、櫂兎は驚き、確かめるように名を呼ぶ。
名を呼ばれ、彼ーー鈴将は呼ばれた方向を向いた。櫂兎と視線が合い、目をまるくする。
「棚夏……」
「あれ、知り合いだったの? 彼、最近よく来てくれていてね。ああ、よければ一緒にお茶でもどうかな?」
邵可はそう言って茶器を取り出し、示し見せた。戸惑い気味の鈴将に櫂兎が「茶菓子もあるよ」と告げれば、鈴将は数秒間の内なる己との格闘ののちにコクリと頷いた。
邵可は、返却された書物を受け取り、記録帳に記してくるからと机を離れた。
椅子に座って、気まずそうにしたままだんまりな鈴将に櫂兎は取り敢えずと菓子を勧める。ひとつ手に取り、ぱくりと一口に頬張った鈴将は、その顔をとろんと幸せそうに緩ませた。
「ふぁーっ! うま〜、ってかこれ黒団子じゃん! わー懐かしい」
「黒団子?」
いつもの彼の調子になったことにほっと息をつきつつ、その言葉に首をかしげる。どこからどう見てもこの菓子は白いのだが。黒団子とは、一体どういうことなのか。
「お前知らねーで食ってたの? 黒団子。この餅っぽさ、そうだと思うぜ。炊いた餅米に団子粉と水を加減しながら混ぜて搗くと、こんな感じになるんだよ。
名前に関しては諸説あって、黒州から伝わってきた団子だからだとか、黒蜜かける場合も多いから、それでだとか。黒胡麻いれるとこもあるみたいだな。
紫州じゃみかけないけど、黒州や白州の州都には何店も専門店あるくらい、好かれてる茶菓子だぜ」
ふふん、と少し得意げに鈴将は話す。
ここまで詳しいということは、彼は黒州だか白州の出なのだろうか。
これを作った朔羅さんは、……どうだろう。後宮育ちということだし、後宮で他の女官から教わった可能性の方が高い。
「懐かしいって?」
「……俺、六から十二の歳まで、黒州の道場で住み込みで剣とか弓とか教わってたんだ。そんときの師匠がこの黒だんご好きで、よく娘さんに作らせててさ」
「へえ、道場」
とてつもなく意外だった。彼の今までの立ち振る舞いからは、全くその気配がなかった。文官になったということは、今は、やっていないのだろうか。
「小さい道場だけど、その辺じゃそれなりに名の通ったところだったんだぜ。
んでもって、その娘さんが美人で…と、これは余計だったか。まあ、何? 稽古終えてくったくたになったときに、お疲れ様とか言いながら差し入れにくれて…美味かったなあ」
本当に懐かしそうに、そして、どこかさみしそうに鈴将は目を細めた。
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bkm