緑風は刃のごとく 67
「あ、そうそう。君が忙しそうだから、しらせていなかったのだけれどね」


邵可はふと、思い出したことに席を立ち、棚をあさって、目当ての書物を手にしては、戻って櫂兎にそれを差し出す。


「ん?」


その表題を一目見た櫂兎は、その書物に食いついた。


「『パンダはどうして笹を貪るのか 第四巻』ッッ!? なんで!? なんで!!」


混乱と興奮にその場で揺れだす櫂兎を邵可は片手で止める。


「落ち着きなよ…」

「そんなこと言われたって! えええ、うわあああ…わああ…」

「そんなに喜ぶとは思わなかった。まあ、よかったね。
何かね、ひょっこり出てきたんだよ。今まで気付かなかったのが不思議なくらい。確かに持ち出されていた風に、記録されていたと思うのだけれど」


どうしてだろうと首をかしげる邵可の手から、櫂兎は書物を奪いとる。


「なんだっていいよ、読めるんだから。ああ…ずっと、ずっと読みたかったんだよ…」


とろんとした顔で書物に頬擦りする櫂兎に、邵可は小さく笑う。


「貴重書らしいから、大事にね」

「任せろー」


元気よく返事すると、櫂兎は書物をめくりだす。その顔はいたって真剣、こうなった彼の集中力は何にも邪魔できない。邵可も読みかけだった学術書を手にとり、続きを読み始めた。




どれくらいの時間が経ったのか、櫂兎が頁をくる手をふと止め、一度書物を閉じた。


「今、思ったんだけどさ」

「うん?」


顔をあげ、不思議そうな顔をした邵可に、櫂兎は提案する。


「その貸し出したままなくなったって記録みたら、何か分かるんじゃないかなって」

「あー…それなんだけれどね。その記録帳が、ほら」


邵可は仮眠室の椅子の下にあった木箱のうちから目的の一つを抜き出し、机に置いた。蓋を開け、中身を見せる。


「うわ、ぼろぼろ」


表題すら残っておらず、一見何かも判断し難いまでにその記録帳は傷んでいた。


「前任者が管理杜撰だったのか、傷みが酷くてね。一応、読み取れる分はこっちに写したんだけれど」


そうして記録帳らしきものを見せる。それ自体も割と古びているあたり、その作業は結構な昔に行われたのだろう。


「で、該当箇所が多分ここ」


ぼろぼろの記録帳をそっと開き、邵可は指で示す。滲み潰れた文字と虫にくわれたらしい穴の中で、パンダと笹の文字が辛うじて残っている。貸し出しを希望した人物はーー


「……木? 林…んー、この文字は、漠か、それとも貘?」


貘馬木の顔が一瞬浮かんだものの、さすがに早計すぎると掻き消す。何はともあれ、記録の文字はとても読めたものではなかった。


「分かったらその人のとこまでいって問い詰めて、場合によってはふん縛ってやろうと思ってたのに」


ふんすと荒く息を吐く櫂兎を邵可は宥めた。


「まあまあ。見つかったってことは、無くなってなかったってことだし。前任者が返却記録を忘れてたって可能性もあるから」

「ええー、でもこんなひょっこり見つかるなんて変だろ。今まで府庫の中は散々みてきたのに」

「まあ、確かに…不思議だけれど、無くなるのは問題でも、見つかるのは問題じゃないから」

「そんなもんなの?」

「そういうものなの」

「ふーん」


少し腑に落ちなさそうな顔をしながらも、まあいいかと開き直ったのか、櫂兎は書物を読むのを再開した。それを確認した邵可は、小さく笑って、自分も手元の学術書に視線を戻したのだった。

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空中三回転半宙返り土下座
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