牢から離れてしばらく歩いたところで、櫂兎は立ち止まり深く息をついた。
「つ、つかれた……」
胸を撫で下ろし、先ほどの彼を思い返す。自分をジッと見る隻眼と、彼の唐突な問いかけ。
(ああ〜っ、本当に、ばれたのかとおもった! 探りをいれられてるのかとおもった!)
あの様子だと、本当に昔のことをおぼえていただけで、華蓮が、長官と共通の知り合いだということまでは知らないに違いない。長官が関わっていないなら、きっと安心だ。
「背、伸びてたな」
ふと漏れたその自分の発言に、櫂兎は酷く切なくなった。牢の方へ引き寄せられたとき、彼には上から見下ろされるかたちだった。要するに、いつの間にやら背を抜かされていた。
「うわー…想像以上につらい」
沈んだ気持ちでその場にへろへろとしゃがみこむ。しばらくそこで、そうしていると、カツカツと誰かの足音が近づいてきた。そちらを向けば、心配顔の看守がいる。看守も櫂兎がしゃがみこんでいるのに気付いて、駆け寄る。
「大丈夫ですか?!」
「ええ、大丈夫。少し悲しいような、疲れたような。そんな気持ちになっただけで。身体は元気ですよ」
櫂兎が笑みを浮かべると、看守は心配そうな顔をもっと深刻にして、しかし櫂兎に理由をきくなどはせず、立ち上がる櫂兎にそっと手を貸した。
「……ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。面会はお済みになりましたか?」
「はい、大丈夫です」
獄舎の出口へと向かいながら、話す。
「もうひとつ、長官から話が通っていると思うのですが」
「ああ、これですね。ここでお渡ししても大丈夫ですか?」
看守は折り畳まれた紙を取り出して、櫂兎に問いかける。もちろん、受け取りはここで構わない。
受け取って早速、櫂兎はその場でそれを広げた。隣では看守が話を続ける。
「榛淵西への面会人と差し入れ品、その送り主などの一覧、でよろしかったでしょうか」
「はい。時刻まで控えていただいて、ありがたいです」
「では明日からも、この形で」
「お願いします」
受け取ったそれを折りたたみ、懐にしまったところで出口に着いた。看守に礼を述べてから外に出る。
思っていたより時間が経っていたらしい、随分太陽の位置が高くなっている。鐘が鳴る前にと、櫂兎は御史台へ歩をはやめた。
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