緑風は刃のごとく 44
「こんなことなら、お茶菓子の作り方も、棚夏のお兄さんに教わっておくんだった!」


三人で談笑しながらお茶を飲んでいると、そんなことを沙羅が言い出した。


「ふふ、卵焼きも随分上手につくれるものね。お茶菓子も、沙羅ならすぐに作れるようになるわ」


茶州に戻ってから、幾つか母様も教えてあげるわね、と微笑む母に、沙羅は複雑そうな顔をした。その意味を理解した梦須が、そっと沙羅に小声で耳打ちする。


「朔羅、お茶菓子作りはうまいから」


驚き顔の沙羅に、梦須は片目ウインクをした。

後宮育ちの朔羅は、後宮を出るまで通常の食事を自分で作るという経験が皆無で、料理のセンスは壊滅的だったが、彼女の立場上必要だった茶の作法と共に、お茶菓子の作り方だけはみっちりと叩き込まれているらしい。その出来栄え、味は一流だ。
宮廷の一部、後宮ともなれば、お茶菓子は外部から取り寄せるなり、王宮の包厨処で作られるなり何なりしていそうなものだが、実際は後宮で作られることが多いらしい。

後宮は、王が訪れることのある場所であり、悲しいかな、政的なこととは切っても切り離せない。後宮で茶菓子を作るのには、王や貴妃の口にするものに、毒が混入するのを防ぐ意味合いがあるようだ。


「なーんか久々に、蜂蜜風味の煮豆入ったお餅食べたくなっちゃったなー。あとお団子」

「ふふ、近いうちに作りましょうね」

「沙羅も! 沙羅も食べたい!」


初耳情報と、いかにも美味しそうなフレーズに、沙羅が目を輝かせる。朔羅はくすりと笑った。


「今度は沙羅、『作りたい』じゃなくて『食べたい』なのね」


指摘を受けて、照れ臭そうにする沙羅に朔羅は微笑んだ。


「たくさん食べられるように、一緒にお団子たくさん作りましょうね」









時は遡り、早朝。櫂兎が帰り掛けの梦須と出会った後のことだ。梦須に女装用の服が見つけられてしまったことに、混乱する気持ちを無理やり落ち着けた櫂兎は、王城に到着し、いつも向かう御史台とは違う方向へと足を運んだ。

到着したのは、ある獄舎。見張りの武官に挨拶した後、看守に声を掛け、皇毅から昨晩受け取っていた書状を渡す。予め話は通っているようで、すぐに薄暗い廊下を通ってある牢の前まで案内された。牢の中の人物は既に起きているようだった。


「こんにちは。えーと、隼さん?」


黒髪隻眼、額に死刑囚を表す刺青。事前に皇毅からきいていた特徴と一致する。そして何より、昔みた彼の面影が色濃く残っている。

牢の中の彼、司馬迅ーーいや、隼は、櫂兎の言葉から櫂兎が何者であるかを理解したらしく、値踏みするように目を細めた。


そう、櫂兎の不本意の早朝出勤は、彼とコンタクトをとるためだった。
皇毅から侍御史達の管轄も仕事のうちであることを告げられたあの後、侍御史達それぞれとのコンタクトは、紫州を離れている者達以外は比較的平和に、あらかたすんでいた。それを皇毅に話せば、隼にも会っておけとなり、彼の場合だけはこちらから行った方が早いとなって、現在に至るのである。

櫂兎が、ついて来ていた看守に、もう案内は必要ないことを告げると、看守は困ったような顔をした。
当たり前だ、仮にもここは死刑囚を収容する獄舎、看守がこうして訪問者に付いてくるのは、予測しない事態が起きた場合の対処や、護衛の意味もある。


「大丈夫ですよ、格子に近づかなければ相手もこちらに触れないでしょうし。鍵も頑丈そうですし」


国試のときに黎深のせいで入れられた牢より、よほど無骨で無機質な、そして堅固な牢だ。
看守は心配そうな顔をしながらも、それではとその場を去っていった。

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空中三回転半宙返り土下座
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