貘馬木と別れ、櫂兎は王城への道程を歩くのだが、どうにも足が、そして気持ちが重い。
……当然だ、女物の、しかも花菖蒲印の衣服を大量に所持していることを貘馬木に知られてしまった。あれでは、いらぬ誤解を受けてしまう。いや、誤解も何も自分が度々、自らすすんで女装していることは事実なのだけれど。
「あれは変装とかその辺の一環であって、決して俺の趣味や性癖なわけじゃないし…ち、違うし…」
誰に言うでもなく、ぼそぼそと呟くその言葉に説得力はなかった。
「はぁ」
自然と零れる溜息に、これでは幸せが逃げてしまうとこめかみをおさえる。本当に、あの人はどうにも厄介だ。これ以上余計なことをしないのなら、それに越したことはないのだが……
「余計なことしなきゃいいけど」
自分で言っておきながら、不安で仕方なくなり、その場に座り込みそうになる。貘馬木殿と余計なことは、仲良しこよしで切っても切り離せなさそうな気がする。息をするように、望まないことをやらかしてくれる人だ。
「……まあ、一番大事な佳那の部屋は、鍵もかけてるし、貘馬木殿にも鍵のかかった部屋は駄目って言ったし。
それさえ無事なら、もうあとのことはどうなろうと諦められるや。うん、うん」
どこか開き直り混じりで、無理やり自分を前向きにしたところで、櫂兎は歩調を速めるのだった。
櫂兎がそんな心配ごとで頭をいっぱいにしていたとき、邸の梦須は、絶賛余計なこと実行中であった。
「『鍵のかかった部屋』は駄目って言ってたけど、鍵を開けちまえば『鍵のあいた部屋』になるから、この『鍵のあいた部屋』は別に中覗こうとどうしようと問題ないよなァ〜」
そういいながら、梦須は悪い笑顔でその廊下の突き当たりにある『鍵のかかった部屋』の鍵を弄りはじめる。何、ちょっとした好奇心の疼きを鎮めるのが目的なだけで、決して悪いようにするつもりはない。
この辺には行かないようにと沙羅も朔羅も言われていたから、二人に見られる心配もない。
しばらくかちゃかちゃといじっていた梦須は、鍵のだいたいの仕組みを把握したところで、開ける作業に取り掛かる。間も無く、錠の外れる音が響いた。
そっと手をかけ、扉を開く。警戒しつつ、一体どんなものが封じられているのかと梦須は期待に胸を膨らませ、中を覗いた。
その部屋は、一目見て『誰かのための部屋』だと分かった。
桃色を基調とした壁紙に、日当たりの良い窓位置。上品な調度品の端々に、どこか可愛らしさを演出する模様や小物が散りばめられている。極めつけは天蓋付きの寝台の枕元に置かれた大きなパンダのぬいぐるみだ。明らかに、男の部屋ではない。もしこの部屋の主が男だとしたら、随分と可愛い趣味だ。
「もしかして、風呂場の女性ものの服ってのは別に棚夏の趣味が女装だったとかそんなじゃなくて、この部屋の主のものだったとか?」
そんな考えが一瞬頭をよぎるが、部屋を物色・観察しては、すぐさまその考えを否定する。部屋は、よく手入れが行き届いており、埃などは一切なかった。そして、この部屋にあるものには、使われている形跡もなかった。
『ただそこに、誰かのために用意してある』ーー梦須はそんな印象を受けた。
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bkm