緑風は刃のごとく 39
静かな夜の府庫で、蝋燭の灯りが揺れる。静まり返った室内には、書物の頁を繰る音だけが響いていた。
劉輝は、暫くじっと梦須をみてから、おずおずという様子で口を開く。


「名を、教えてはもらえないだろうか」


劉輝の言葉に、梦須は頁を繰る手を止めた。


「此処で名乗る名前は、生憎持ち合わせてないんだ。俺はもう死んだも同然の幽霊のようなものだから」


ひらひらと手を振って言った梦須の瞳を、劉輝は真っ直ぐに見つめた。


「私は、名を劉輝という。紫劉輝だ」


梦須は一瞬息が止まった。どうしてここで名乗ってきてしまうんだと、やられたなぁと肩を落とす。これでは、自分も名を知らせなければ、相手に失礼だ。


「名を訊くときは、まず自分からと教わったのを失念していた、すまなかった」


梦須が内心頭を抱えて苦悩しているのも知らず、劉輝はそんなことを言う。梦須は、やれやれと天井を仰ぎ見た。彼にそう教えたであろう例の女官が恨めしい。渋々と、梦須は己の名を告げる。


「貘馬木梦須、梦須って呼んでくれ」

「梦須か、よろしく頼む。……『貘馬木』?」


何か引っかかることがあったのか、劉輝は眉根を寄せた。


「知ってる? わー、俺って有名人」

「いや、多分、私の思い違いだ」

「残念、きっと合ってるぜ。その心あたり」


梦須はそう言って皮肉げに笑んだ。彼がどこまで知っているのかは分からないが、いい風にはきいていないのだけは確かだろう。


「はい、名前の話終わり! ああ、言っとくけど、俺はお前さんの名前について、色々深入りするつもりはないぞ」

「……助かる」

「助かってるのはこっちなのに、これだからまあ。人よすぎんじゃねえの。それだからあの態度だけは大きいちびっこ少年にズケズケ色々言われちゃってしょぼくれる羽目になるんだぞー?」

「誰が態度だけは大きいというんだ?」


ジトっとした視線が、府庫の扉の方向から梦須に届く。視線の主は、もちろんリオウだ。


「本人が希望したから観相の結果を伝えているのに、それに他人から文句を言われても困る」

「はあ、これだから。いいこと悪いことそのまま伝えるより、悪いことをどうすれば緩和できるかまで付け加えてこその占いだろ」

「そこまでやったら占いじゃない、世話だ。観相の結果が人を操ることにつながる可能性があるのも問題だ」

「へー、融通きかねえのなあ。それでもしドン底な結果がでたとしても『これからドン底です』って伝えて見捨てちゃうわけ?」

「ま、まあ二人とも、落ち着いてくれ。
梦須、元々これは余…こほん、私の相談が始まりで。相談に乗って欲しいとは言ったが、乗るも乗らないも、どんな乗り方をするかも、そなたらそれぞれにお任せだ」


そう言って、私はそれがどんな形であっても嬉しいぞ、と劉輝はぽわぽわ微笑んだ。

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空中三回転半宙返り土下座
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