梦須と沙羅、二人で台所に向かうと、洗い物をしていた朔羅が出迎えた。
「あら、あなた。お帰りなさい」
ふわりと微笑む朔羅に、梦須の疲れもどこかへ飛んでしまう。幸せを噛み締めながら、梦須は椅子に座った。沙羅もそれに倣うように、梦須の隣に座る。
「ただいまー朔羅」
へらりとどこか緩んだ様子の梦須に、朔羅はニコニコと問いかける。
「本は返せましたか?」
「うん」
「それはよかったです」
朔羅は、ふと洗い物をする手を止め、手拭いで手を拭いて梦須に顔を近付けた。
「なっ、ナニ?」
朔羅の行動の真意がつかめない梦須は、頭上に疑問符を浮かべる。朔羅はたいしたことじゃないですよと小さく笑う。
「お茶、の香りがしますね。それも上質な。……黄旦だなんて。
香りはいいですし、目がさえるお茶です、夜を明かすのにはいいでしょう。悪酔いしやすいのは玉にきずですが…さて、あなた?」
その目はすでに笑っていない。何も言わずとも、「誰と飲んでいたんですか」と視線で問うている。
彼女は昔女官だったこともあり、茶の種類には詳しい。それがこんなところで発揮されるとは、夢にも思わなかったが。
「府庫に俺以外にも人がいて、お茶も断るに断れなくってさ…。一人は茶州で知り合った奴だったよ、もう一人は初めて会った」
「そうですか」
「悪酔いとかそういうの、多分茶を用意した奴は知らなかったんだよ。適当に選んできたって言ってたし」
やましいことなどないのに、どこか気まずさを感じながら梦須は早口で説明する。朔羅はそれをきいても相変わらずツンとしている。
「そうですか」
「……怒ってる?」
「怒ってません、妬いてるんです。――私だって、あなたとお茶したいんですよ? 」
朔羅は、目線を斜め下にして、少しだけ不機嫌そうに、そして恥ずかしそうに言った。
「さ、朔羅…」
心の内から、どうしようもない愛おしさがこみ上げるのが梦須は分かった。
「朔羅」
名を呼ばれ、朔羅が梦須の方へと視線を向ける。梦須は朔羅の手をぎゅっと握り、まっすぐに彼女を見つめた。しばしの静寂に、時間が妙にゆっくりすぎていく気がした。
静寂を破ったのは沙羅だった。
「はいっ、父様母様、お茶」
そんなことを言って、いつの間に淹れたのか、二人の前に茶の入った湯のみを置く。自分も湯のみをもって椅子に座り、にこにこと二人をみつめた。
「沙羅……」
「お茶、したらいいと思うの。そしたら、父様も母様も嬉しいでしょ?
でね、あの、えっとね…沙羅も、一緒がいいな。お茶」
少し遠慮しがちに言うところが何ともいじらしい。梦須も朔羅も、なんていい娘をもったんだろう、と沙羅を抱き締めた。世界で一番素敵な娘に違いないとさえ思う。
そうして貘馬木家族三人は、一家団欒美味しくお茶を味わうのだった。何とも平和な話である。
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