明るくなった空を見上げながら、梦須は、彼に別れ際言われた言葉を思い出していた。
「『また、お茶したい』…かあ」
もう府庫には近付きたくないんだがなあと、梦須は肩を落とした。
元部下の邸へ戻ると、笑顔いっぱいの沙羅が出迎えた。なんとも、至上の癒しである。
「お帰りなさい、父様! どうだった?」
「ただいまー、沙羅。成果は上々、狙い通りだ。ただ、ちと面倒なことになりそうだ」
顎に手をやる梦須に、沙羅は首を傾げる。
「忙しいの? 昨日みたいに、夜いないこと、またあるの?」
「ある、かも」
「そっかー」
言葉を濁した梦須に、沙羅は至極普通に、むしろうきうきとした様子でそんな返事をした。
……梦須としては、ここは、「えー父様いないのさみしいーやだやだー」を期待していたのだが。今の彼女は、新鮮なことばかりの紫州生活の方に興味が向いてしまっているのだろう、非常に残念である。
「ご機嫌だな、沙羅」
頭を撫でるとくすぐったそうに目を細めながら、沙羅は満面の笑みをこぼれさせた。
「うん! ご機嫌なの。あ、父様、今日の朝ご飯ね、沙羅がお手伝いしたやつだよ!」
それをきいた梦須は、表情を一変させた。
ーーそうだった。確か、こちらに滞在中、時間のあるときに元部下が沙羅に料理を教えてくれるという話だった。
「沙羅の料理!」
「父様食べる?」
こてん、と不安げに首を傾げてみつめてくる沙羅に梦須は愛おしさが爆発した。
「もちろん、当たり前だぞーっ! 食べる! 皿まで舐めちゃうぞー! べろべろ」
「きゃー」
「うわっ、やめてくださいよ意地汚い。あと、洗う身にもなってください」
梦須が嫌がる声のきこえた方向に目をやると、今から出仕なのか、荷物を背負った元部下が立っていた。
「朝帰りとか、どこ行ってらっしゃったんですか。はっ、まさか夜の街にくりだして…あんな美人な奥さんがいながら!」
「ばっか、んなワケあるかよ! よ・う・じ! 大事な用をこなしてきたんだっての。
それはいいから、俺は早く沙羅の料理が食べたいぞ!」
料理、料理! とまるで子供のように駄々をこねる梦須に櫂兎は溜息をついた。
「机上にありますから、温めるものは適当に温めていただいて、それからどうぞ。私はもうそろそろ、出る時間ですから」
そう言って櫂兎は、梦須と沙羅の横を通り抜ける。
「おう、いってらっしゃい」
「いってらっしゃーい!」
櫂兎の背中に向けて、そんな見送りの言葉が投げられる。櫂兎は一瞬きょとんとした顔で振り返って、それから小さく笑い、また背を向けた。
「いってきます」
△Menu ▼
bkm