緑風は刃のごとく 35
梦須の目の前の若い男ーーこの国の王紫劉輝は、窓枠に足をかけたまま呆然としている梦須に、天真爛漫の笑顔で告げた。


「ああ、侵入に関しては、何も盗んでいないようだし咎めるつもりはない。安心してくれ。代わりに、といっては何だが、余…私と茶を飲まないか? 彼も一緒だ」



そうして劉輝は、後方を示した。もちろんそこには、どこかすました顔の縹リオウがいる。


「少年、お前なぁっ」


梦須の存在が知らされていなければ、ここを無視して逃げられたものを。これは、どこまで話されてしまったのだろうか。何にせよ、面倒なことになったのは確かだ。
信じ難い、いや、信じたくない出来事に梦須は苦しげな顔をした。そんな梦須の反応をみた劉輝は、それがお茶への誘いを嫌がるものだと誤解したらしく、びしょ濡れの子犬のようにしゅんとする。


「気を悪くしてしまったのなら、すまない」


目に見えて落ち込み、謝ってくる劉輝に、むしろ今すぐ誤解を訂正して話を受けなければならない気がおこってくる。


(た、たちが悪いぜ…何だコレ)


無邪気さは、時に酷だと思った瞬間であった。結局、梦須はその話をうけて、三人で一緒にお茶を飲む、なんてことになってしまうのだった。








(本当にお茶を飲むだけ、だったな)


府庫をあとにした梦須は、ほっと胸を撫で下ろした。素性については、梦須も劉輝もお互い明かさないままだった。リオウは、あれが『紫劉輝』だと分かった上で、既に名乗ったようだったが。

お茶を飲みながらした話というのも、当たり障りのないところから始まり、途中からは劉輝のお悩み相談をリオウと二人して聞くことになっていた。

リオウが、劉輝をざっくりと観相してつらつらと予測を告げていくのには、梦須も驚いた。あれだけの目と知識を持つ学者は数少ない。あの若さならば尚更だ。……彼が見た目通りの年齢ならばの話だが。

あの王はいい内容も悪い内容も、ただの予測だと、そう深くは信じていないようだった。しかし、すぐに身をもって、あの予測の正しさを知るだろう。何せ、あの縹家、しかも名前がリオウときては、当たらないはずがない。


「……不穏だな」


王城に彼がいる理由。ついつい邪推をしてしまうが、さて。真実は何か。
何にせよ、自分には全て、もう関係のない話だ。自分はあの場所を既に去った身、いくらあの場所に行ったところでそれは残滓、幽霊のようなものなのだから。


「……しかし、あれが今の王か」


あのぽけぽけした雰囲気とゆるんだ顔を思い出して、予想外だったなと呟く。先王に似ているなんて思ったのは、彼を初めて目にしたときだけで、話をしだすと、彼はまるで幼い子供のように純粋無垢だった。


(純粋、っていうかありゃ、単純?)


一体あのハチャメチャ鬼畜王を父親にもって生まれて、どう育ったらああなれるのか、全くもって謎だ。
梦須はそこで、彼には幼い頃、付きの女官が一人いたことを思い出す。


「華蓮、だったっけか確か」


現王の性格や雰囲気は、あの女傑と噂だった前筆頭女官の仕事の賜物なのかもしれない。

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空中三回転半宙返り土下座
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