緑風は刃のごとく 34
「なぁ、ちっとはさー、ほらァ…手伝ってあげようとか、思わないワケ?」


本棚を眺め、漁る梦須の呟きに、府庫の奥の書棚の裏で熱心に書物をめくっているリオウは即答した。


「思わない」

「ケッ、可愛げも愛想もねーの」

「……侵入者の手伝いをするつもりはないからな」

「おうおう、そーですかそーですか。ったくこれには深〜いわけがあるってのにさぁ」


やれやれ、とわざとらしく肩をすくめた梦須は、手伝ってもらうことは諦めて、記録帳さがしを再開した。


「おっ、薔薇姫じゃん。へぇ、府庫に絵本なんて置いてあったんだ? ふーん、この辺の棚はおとぎ話ばっかだな」


おとぎ話の隣には、歴史書の類が並んでいた。ここにも記録帳はなさそうである。
なるほど、さっぱりどこにあるか分からない。随分と時間も経ってしまい、空は白みはじめている。なんとも困ったことだ。

そのとき、梦須の中で閃くものがあった。


「もしかして、仮眠室とかか…?」


府庫関連でありえそうなのは、もうその場所くらいしか残っていない。ここになければ、記録帳は処分されたとみて諦めるのが無難だ。

梦須は早速仮眠室に足を踏み入れた。





程なくして、記録帳は見つかった。元々、借りられる本というのが府庫では限られているのと、利用者が少ないこともあって、記録はそう多くはなかった。該当する自分の貸し出し記録を探すがーー


「ない、か」


少々色あせている割に小綺麗に整えられたその記録帳には、10年ほど前の貸し出し記録もきちんと残っていたのだが。どうやら、当時の自分は無断持ち出しまでしていたようだ。


「こりゃ、反省だなあ。うん、ごめんなさい」


湧いた罪悪感に、思わず誰に向けたものかも分からない謝罪の言葉が自然と口をついた。……昔では考えられないことだ。自分も変わったものだと梦須は苦笑した。


「……さて、用事はお終いっと」


窓の外をみれば、月はすっかり西の空へと傾いており、夜は終わり朝を迎えようとしていた。


「やべっ、もうそんな時間か」


少しの焦りを感じながら、梦須が仮眠室を出ようとした時だった。……扉の外で、話し声のようなものがきこえる。一人はリオウのようだが、もう一人には聞き覚えがない。若い男のようだが。


(逃げよ)


関わらないのが得策と、梦須が府庫の窓からの脱出を試み、窓枠に足をかけたときのことだった。前触れなく、仮眠室の扉が開いた。同時に、響くのは若い男の明るい声だ。


「よし、それでは早速茶の用意をだな!」


そんなことを言いながら、癖のある長髪を揺らし入ってきた人物は、梦須とパチンと目があった。数秒のち、その人物は納得した風にポンとひとつ手のひらを拳で打つ。


「おお、そなたが『訳ありの侵入者』だな!」


その男の口調に、身につけた服の色に、端々から零れる仕草に、そして何より、どこかあの先王の面影を残した姿に。この人物が何者か梦須は理解し、絶句した。

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空中三回転半宙返り土下座
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