「告発することもできるのに、共犯になることを選ぶ。そこに得することなんてないのに、長官はその人物を庇っている。
それって、打算や損得ではなくて、根本に私的な情があるから、でしょう?」
告発、とはいっても 決定前の事案の話をしたというだけで、今回のその件が機密情報の流出にあたるとは言い難く、違法性はないのだけれど。
「……」
皇毅はその問いには答えず、この話の真意が何なのかを探ろうと、櫂兎を観察する。櫂兎のすみれ色の瞳は、ただ緩く細められていて、彼は毒気も何もない、穏やかな雰囲気をまとっているようにみえた。
「さあ、公私混同しているのは何処の誰でしょうか」
にっこり、とでも言えばいいのか。そんな表情を浮かべた櫂兎に、皇毅は小さく舌打ちした。櫂兎はさらに笑みを深め、話を続ける。
「人は、誰かのためや何かのため、欲のために動くものです。その中には、自分の利益にならないことだってある、そうでしょう?
そういうものを切り捨てられない私や紅秀麗を、貴方は『甘い』と形容しました」
もうひとつ、舌打ちが聞こえる。櫂兎は眉を八の字にするが、口元に浮かんだ笑みは絶えない。
「その論でいくと、長官も充分『甘い』ことになってしまいますね。
長官が甘い。…信じられませんよ。味付け間違えているんじゃないですか。
まあ、甘いか甘くないかの話は別にして。
何かのため、誰かのためという点で、私たちは同じなんですよ」
「勝手に一緒にするな」
眉間にシワを寄せた皇毅に、形が残らないか心配しながらも、櫂兎は断言する。
「同じですよ、一緒です」
違うと顔にでかでかと書いてあるような表情を称えた皇毅に、櫂兎は苦笑した。
「捨てては元も子もないものだってあるんですよ、そりゃあ、まあ、多少持ちすぎていることは、認めます。ええ、認めますとも。欲張りなんですよ、私は。その上、貧乏性で捨てられないんです。
――長官にだって、切り捨てられない人がいる。違いませんか?」
皇毅は口を結んだ。この沈黙は肯定に等しい。櫂兎はまた、頬を緩ませた。
「私はそのことに、安心しています。全てを割り切って、己以外捨てることを選べる人は、怖いですから」
そうして至極朗らかに微笑んだ櫂兎に、皇毅はあからさまに不機嫌さを剥き出しにして舌打ちした。櫂兎は眉をハの字にする。
「……あの、やはり私に対して、やけに冷たくないですか、長官」
「知らんな。お前の気のせいだろう」
「……」
以前よりもそれは、あからさまになっている気がして、こんな調子でやっていけるだろうかと、櫂兎は力なくうなだれた。
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