「……ふむ。どうもしない。ーーが、場合によっては、お前は近々不慮の事故に見舞われるやもしれんな」
本気なのか冗談なのか分からないことをいつもの冷たい目で言う皇毅に、櫂兎は苦笑した。
「それ絶対事故じゃないじゃないですよね」
何て物騒な話だ。
「まあ、私も命は大事にしたいですし、そもそも証拠なんて持っていませんから。ご安心を。
とはいっても、その事前に報せた人物について、私が推測ついていることは、長官にも分かっていただけていますよね?」
我ながら嫌な言い方をしたものだ、なんて考えながら口は弧をえがく。
推測も何も、皇毅が旺季と繋がっていることなんて、とっくの昔に知っていることではあるのだが。彼も、『棚夏櫂兎が華蓮経由で、旺季と皇毅の繋がりは安易に知ることができる』ということは承知だろう。
敢えて別の方法を挙げるならば、『宰相会議で意見を通せる』という条件を満たす人物を考えればすぐにわかるといったところか。
怖い顔をしたままの皇毅に、櫂兎は肩を竦めた。
「別に、気になったから訊いてみただけで、あれこれするつもりは毛頭ありません。これも仕事の、守秘義務のうちにしておこうと思っていますから、安心してくださいね」
そもそもできるとは思っていないことだ。彼を、彼らを相手取るなんて命がいくつあっても足りない。
「最初からそのような事実はない、故に不安要素もない」
「そうですか。
もう少し信用して下さってもいいんですよ? 私、このまま順調にいくと、なんでも、ひと月後には貴方の副官になるらしいですから」
「図々しい」
彼の顔には迷惑だと書いてある。
……おかしいな、この人の方が自分を副官に起用しようとあれこれしてきたせいでこうなっているのであって、こっちはむしろ被害者といってもいいはずなのに。
「長官が私に冷たいんですよ。
……さて、少々確認をしておきましょう」
確認、という言葉に皇毅は少しだけ眉を寄せた。櫂兎は話を続ける。
「仮に、ですよ。私がその件を明るみに出したとしても、長官の被る不利益はほんの少しでしょう。これって、危険度も、被害も、その内容を報せた人物の方がどう考えても大きいんですよ」
「戯言が過ぎる。空想でものを語るな」
「下が上に切り捨てられるという話はよくありますが、下が上を裏切る話だってーー」
「黙れ」
有無を言わせぬ気迫で言葉を遮った皇毅に、櫂兎はどこかホッとした風に笑った。その笑みの意味するところが掴めず、皇毅は眉をひそめる。
「何がおかしい」
「いえ、おかしいことなんて何もないんですよ。そのことに安心しただけです」
ますますわけがわからない、といった風に不機嫌そうに顔をくしゃりとさせる皇毅に、櫂兎はゆっくりと柔らかに話し始めた。
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