他の侍御史達については、そのうち各々、副官室に顔を出しにくるらしい。もっとも、紫州にいなかったり、時間があわなかったりで、いつになるかは分からないそうだが。
侍御史達も、意外とフットワークが軽いという印象を受けた。それだけ、情報伝達に信頼が置けず現地に行く必要性がある、ということかもしれないが。デスクワークを専門としている人は少ないらしい。あちこちに行っているせいで他の御史達に顔をおぼえられていない者もいる、というのは後から張に零れ聞いた話だ。
ちなみに、定員割れしているらしく現在13名、うち殿中侍御史2名、治書侍御史3名らしい。
そして、忘れてはならない鈴将の件だが、あの『兵部』の文字については「書いた本人にきけ」と言われてしまった。……折をみて、沃を訪ねなければならないだろう。
さて、そうして櫂兎たちが話にひと段落つけたところで、副官室の扉を誰かが叩く音がした。
「吏部から視察の方がいらっしゃっていて、今、門のところで待っていただいています。葵長官はそこにいらっしゃいますか?」
「ああ」
櫂兎が答える前に皇毅は自分で応答した。
「今回の査定対象の方もそこに?」
「いる。準備ならば出来ている、通せ」
「…はい」
扉の向こうの人物は、少し息を飲んで、そう一つ返事した。
「あっ、私がお迎えにあがります」
櫂兎が椅子から立って、副官室の外に行こうとするのに皇毅は訝しむような視線を向けてくるが、気にしたことではない。櫂兎はにこやかな笑顔を装備して、扉の前にいた御史に声をかけた。
「門のところにいらっしゃるんですね。あとはお任せください」
「棚夏さん! いえ、私も一緒に行きます」
「あら。では、行きましょうか」
何だかきいたことのある声だと思えば、共同作業室でよく机が隣になる御史だった。名前は…何といったか。櫂兎が門への道程で、必死に思い出そうとしていると、御史は櫂兎の顔を隣から覗き込むようにして言った。
「でっ、ズバリ、教えてください棚夏さん!」
「えっ?」
何を、と疑問顔の櫂兎に、迫真がかった様子で御史は拳を握る。
「んもう、誤魔化さないでください! さっき副官室にいらっしゃったんでしょう、例の新しい副官さんが!」
「はあ、まあ…」
確かにいたが、彼の言い方ではまるで、櫂兎が副官になることを知らないみたいだ。いや、それならそれで、その方が好都合なのだが。
先程、皇毅の言葉で査定対象が副官室に居ることは知ったようだが、その査定対象が櫂兎であることには思い至らなかったようだ。
櫂兎の副官補佐の肩書きが効いたらしい。視察に来た人を迎えに出る、いわば使いっ走りの役を買って出たのも、いい方向に働いたようだ。
(しかし、副官に新たに就く奴が居る、って情報自体は知られてるもんなんだなあ)
その点に関しては、さすがは御史台という他ない。外部に情報漏れることなく閉鎖的な分、内での情報の回りは早いのだろう。情報伝達、というよりは噂好きが多いだけなような気もしないでもないが。
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bkm