緑風は刃のごとく 16
自分がずっとサボっていたものと思っていた彼は、休暇中の気まぐれで顔出しにきているだけだったらしく、かつ周りの人間はそれを知っていてスルーしていたらしい。なんてこった、誰も教えてくれないものだから、ずっと仕事せずその辺に転がっているんだとばかり思っていた。思い込みとはおそろしい。


なるほど、確かに。双方とも仕事をしていないのに、鈴将が冗官になって、沃が冗官にならないのはおかしい。最初から彼が仕事をする必要はなかったのだ。


そして彼の正体だが。彼、沃は「治書侍御史」だった。

ーーそもそも侍御史とは、監察御史の上に位置する職であり、定員15名の精鋭集団だ。
そして治書侍御史とは、その侍御史の中でも法に詳しい者が担当する、いわば極々一部の選ばれた人間というやつである。


「……まったくもって、そんな風には見えなかったのですが」


人は見た目ではないというのはわかるが、あまりにもらしくないことに戸惑う。御史台の重職者は、皇毅のような冷血漢ばかりだと思っていた。


「切り替えの激しい奴だからな」

「はあ」


休暇が終わったらスーパーサイヤ人化でもしたみたいに豹変するんだろうか。


「で、休暇中なのにまた、どうして仕事場に」

「自邸に居場所がないそうだ」


皇毅はそうして、本人がそう言っていたということを付け足した。

仕事ばかりの生活のせいで、家にいる時間が少なかった結果、家族から軽んじられ疎まれる羽目になる父親か何かを連想してしまった櫂兎は、少しの切なさを感じながら目を覆った。


「奴はなかなか曲者だぞ」


皇毅の言葉に櫂兎は強張った苦笑いをする。この人でさえ手を焼いているという話なのに、自分が彼をどうこうできるわけがない。知らないで使いっ走りさせてしまったことを、謝り倒したいくらいだ。


「ご忠告痛み入ります」

「精々、上手く手綱をとることだ」

「……はい?」


まるでそれでは、自分に沃を上手く扱えと言っているようではないか。

櫂兎は眉根を寄せ、意味を問うように皇毅を見つめるが、皇毅は答えるつもりがないらしく、逆に櫂兎へ視線を返した。


「……あ、ああ、もしかして、副官って、その仕事も含まれているんですか」

「お前にさせる仕事が補佐だけなどとは、一言も言っていないが」


副官、もとい御史中丞。空席になってから長いが、その年月のうちにいつの間にやら長官がするようになっていた仕事のうちに、侍御史の元締めというものがあった。


「何も奴らの面倒を見ろというわけではない。ただ、情報共有くらいはしておけ」


随分簡単に言ってくれるなあと櫂兎は一つため息をはいた。

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空中三回転半宙返り土下座
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