緑風は刃のごとく 15
櫂兎は長官室から出て行った鈴将の様子の詳細を思い返す。こちらの声に応答しないくらいには、冗官処分のことしかみえていなかったようだし、この処遇に納得いかない風だった。演技でやれと言われても、あそこまでの迫真さは出ないだろう。

ならば、彼はどうして突然冗官処分させられた?
そして、この『兵部』の文字の意味は何だ?


「もし本当に何の名目もなく単純に冗官処分を行ったということでしたら、理由を知りたいところです」

「理由、か。…仕事をしない奴は要らない、それだけのことだ。これがただの冗官処分で終わるか、一仕事為すことになるかは奴次第だが。
ああ、それと、『念のための予防線』か」


まるで誰かに言われたことを思い出すように、そんな一言を付け足す皇毅に櫂兎は眉根を寄せた。


「あの、『兵部』の文字に関係あるんですか?」

「あれをみたなら分からないか、お前も接触したんだろう?」


さも分かっていて当然のような口ぶりで、謎の言葉を投げかけられ、櫂兎は眉間にしわを増やす。


「……すみません、何のことだか。長官、言葉にせねば伝わらないことはありますし、敢えて言葉にしないその癖は、相手が理解するまで時間が無駄に浪費される点でよろしくないと思います」

「お前の頭の足りなさを、そんな言い訳されてもな」

「いやっ、これ明らかに長官の言葉足らずでしょう!?」


とんでもないなと顔を引きつらせる櫂兎に、逆に何故わからないのかといった風な顔を皇毅は向けた。

……いやだから言ってくれよ!


櫂兎は大きく溜息をはいてから、ひとつ質問する。


「あの『兵部』の文字、もしかして、鈴将が書いたわけではないんですか?」

「当たり前だ。と、お前がきくということは…まさか、本当に知らなかったのか。そうか、通りで奴をあんな雑用に使えたわけだ」

「ですから、何のことかと…」

「礼の品をいたく気に入っていたぞ」


その言葉で、櫂兎は 皇毅のいう『雑用』が、いつぞやの贋作回収や一覧作成のことであり、『奴』とやらがその手伝いしてくれた御史の誰かだと分かる。
礼の品ということからも、そのうちの鈴将の可能性が消える。鈴将に渡すはずだったその礼は、とっくの昔に晏樹の腹の中だ。

……いや、でも、だからって、可能性ある四人のうちから一人絞り出すにはちょっと情報足りなさすぎないですかね!?


なんとなく、この人でなかろうかという推測はたっているが。さて、


「……名前知らないんですよねー」


推測を確信にする情報がないならば、その情報を得るべく行動させてもらうことにする。少々ずるいが、予想との答え合わせだ。


「沃(よく)だ」


本当に誰だろう。いや、分からないのは当然だ。何故なら、自分は彼の名をまだ、きいていなかったのだから。


(当たり、か)


皇毅の言葉に、櫂兎の中で物事のピースがかちりとはまる。あの文字をみたとき、何処かでみたことのある気がしたのも、贋作回収時に添えられたメモでみたせいだったのだ。
名前を知らぬまま、贋作の回収を手伝ってくれた、サボり魔だと思いこんでいた彼を思い出しながら、櫂兎は頭をおさえた。

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空中三回転半宙返り土下座
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