賭けをしよう、と目の前の男は言った。
「もし次にそんな偶然があったら、その時に俺の名前を教える。俺は会わない方に賭けるから」
口端を横に引き、笑う男に秀麗はムッとした。
「私は、また会えると思います」
きっぱりと言い切る。根拠はないが、何故だかそんな気がした。
あまりにも堂々と言う秀麗に、一瞬ぽかんとした後に、彼はふひひと至極楽しそうに笑った。
「やっぱ面白ぇし、怖えわ、おじょーさん。
そうだな、秀麗嬢に運が味方したり、はたまた世界が俺と秀麗嬢を引き合わせちゃったりするかもしれないその時に、俺らは出会うだろう。その時には、まあひとつよろしく」
そうして彼は前に右手を差し出す。それに応えるように、秀麗はその手を握った。
「はい!」
「うむ、よし、いい返事。んで、秀麗おじょーさん? 君さっきまで急いでたっぽいけど、俺とこんな話し込んでて大丈夫?」
彼の指摘に、秀麗は顔から血の気が引いた。
「……ああーっ! ごっ、ごめんなさい、私行かないと!」
その場を駆け出そうとする秀麗に、男はお別れとでもいうように、ひらひらと手を振った。
「お仕事頑張れよー」
「はいっ!」
秀麗は花開くような笑顔でそう返事して、王城の門へと一直線に走っていった。
「……いやー、本当面白いけど、勘弁して欲しいよなあ」
王城へと走る秀麗の背を見送った梦須は、そう小さく呟いた。あの少女は厄介ごとしか運ばない気がする、良くも悪くも変革をもたらすのだ。本人がどういう意図であれ、その変革が誰しもにそれがいいことだとは限らない。それだけに、やっかいである。本人に悪気がないのも、余計にたちが悪い。
「うーん、まあそれはいいとして、コレだよなー」
梦須はどこからともなく右手に書物を取り出す。己が貴陽に訪れることになった原因の『パンダはどうして笹を貪るのか 第四巻』だ。
「……絶対フツーに返却しようとしたら、咎められるよなあ」
府庫の本を返却しないまま十年ほど持っていたことは、国の財産を一時盗んでいたに等しい。府庫の番人は、これを決して見逃してはくれないだろう。
そもそも府庫に入りこむこと自体、王城内に正式に入る手立てのない梦須には、後ろ暗さがつきまとう。
「ま、こっそり置いときゃいいよな、うんうん」
府庫にいる人間には気付かれないように本だけ残し、貸し出し記録も残っているなら改竄した上で、自分が去った後、本に気付かれるような。そんな返却方法が、一番穏便に違いない。そう考えた梦須は、早速に目的地を変更し、王城の門とは違う方向へと足を向けた。
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