謹慎処分の期間も終わり、さてこれからだという時に、秀麗の元へ一通の書翰が舞い込んだ。朝廷からのようだ。
『 官と人員の整理により、職務に就いていない冗官のうち、右のもの、ひと月のちに一斉免職に処す――』
その文面を目にした秀麗の行動ははやかった。目指すは王城、全力で駆け出す。
町の人々は、秀麗が町中を駆け抜けていくのに、また何かあったのかねえと口々に呟く。とはいっても、それはいつもの光景、町の日常ではあるのだが。
王城がついそこまでみえてきて、ラストスパートの直線にかかったところで、曲がり角から急にひょっこりと人影が現れる。正面の門だけをみていた秀麗は、反応が遅れてぶつかってしまうが、その人は難なく秀麗を受けとめた。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて頭を下げてから、その人物の顔を見る。と、その人は自分の知った人であった。
「口笛の上手い人!」
「……ああ、あの時の二胡のおじょーさん。こんなところで会うなんて、こんなに怖い偶然があるかねーったく」
数秒考えてから、思い出した風に彼はそういってクーッと、悔しいでもなく笑うでもない微妙な表情をした。…何だか、最後に会ったときと態度が全然違う。あの時の態度は彼の誠心誠意のお願いの姿勢で、本来、これが彼の素、というやつなのだろうか。
その彼の視線が、秀麗の右手で止まり、おや、という顔をする。
「その紙は? ああ、おじょーさん、お仕事関係で召集かかってた?」
「あっ、ああっ、あらっ。あは、あははは、そんなところです」
くしゃくしゃに握りしめていた書翰のしわを伸ばしながら、秀麗は笑って言葉を濁した。その肝心の仕事が無くて召集がかかっているようにも思うが、そこは言葉の綾、ご愛嬌というやつだ。
「そ、そうだ、今まで、お互い名乗っていませんでしたね。私は紅秀麗といいます」
話題を変えるべく、秀麗が名乗るが、目の前のその人はへらんとした笑いを浮かべて両手を横にひらひら振った。
「俺は名乗るほどのものじゃーないんで。どうしても俺のこと呼びたいなら『口笛の人』でいいからサ」
どこか投げやりに言う彼に、名乗れない事情でもあるのだろうかと考えるが、秀麗に分かるはずもない。そんな疑問が顔に出ていたのだろう、目の前の彼は小さく笑って言った。
「秀麗お嬢さんは貴陽住みだろ、もうよっぽどのことがねーと茶州には来ないと思うわけだ。んで、俺はというと、貴陽にはちょっとした用事で来たもんで、知り合いのとこに泊めてもらってる状態。用が終われば帰るんだわ、だからもう会う機会は無いだろーってので、お嬢さんが俺の名を呼ぶ機会はなし、よって、名乗る必要もナシ」
秀麗は、それだけの理由で名前を知らされないことを、ちょっぴり不服に思った。別に、知らせて困らないなら教えてくれたっていいではないか。
「もしかしたら、また偶然があるかもしれませんよ?」
「お、言ったな?」
秀麗の言葉に、ニヤリ、と目の前の彼は口端をゆがめる。そして続けた。
「いいよ、なら、賭けをしよう」
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bkm