緑風は刃のごとく 11
「うっし、さすが俺だわー、完璧だわー」


自画自賛の言葉を口にしながら、梦須はすんなりと侵入できてしまった通り道を振り返っていた。隠し扉からとはいえ、こんなにあっさりと、しかも誰にも見られず忍び込めてしまうなんて。警備がザルすぎやしないかと梦須は能天気なお国の王様が心配になった。そのうち家臣にでも反逆企てられ逃げ出すハメになるんじゃなかろうか。


さてここはどこだと周りの建物を確認する。位置的に九寺の何処かだとは思うのだが、さて。馬や軒はみえないので、宗正寺ではないようだが。太常寺あたりだろうか?

そこで少し特徴的な建物を梦須は見つける。いわゆる、一つ建物で事務職や何やをするには、到底向かない構造。かつ、やけに煌びやかというか、豪華というか、見てくれがいい。


「へー、鴻臚寺ってこんなだったんだ?」


もちろん、梦須の推測だが。外交や外国使節団なんかの応対はここが取り仕切っているという話だし、この建物が、鴻臚寺の施設のひとつ、遠路からの客のための宿泊施設というやつだろう。


と、なると、だ。梦須は脳内に王宮の地図を描き出し、ここから府庫の位置までを繋ぐ。そこそこの距離に顔を顰めながらも、人通りの比較的少なそうな道を通れそうなことに安堵する。顔を変えて誰かに成り切ってしまって忍び込めば早い話のようにも思えるが、王宮内を自由に歩いていて不自然じゃない立場の人間なんて、それこそ王や食えない狸爺、あとは昔噂になった王の客人くらいだ。下手にその辺のやつに成り代わると、余計に面倒くさい。


「んじゃ、まあ行きますか」


梦須は小さく呟くと、府庫のあるであろう方向へと踏み出した。








府庫に訪れた梦須は、こっそりと室内の様子を眺め見た。昔と変わらず、紅邵可が府庫の番人をつとめているらしい。あの元上司の兄のようには全く見えない温厚な雰囲気に、梦須も自然と頬が緩む。

おっといけない、ここは気づかれないよう、気配を殺してそっと侵入しなければ。ここでポカをやらかしては元も子もない。
梦須は気持ちを引き締める。幸い、現役は遠に離れたとはいえ、ちょっとした家庭の事情や仕事の都合で隠密行動は嫌というほどしてきて慣れている。府庫で日がな本を読み茶をすすって暮らしている一官吏に気付かれるようなことはないだろう。


――――その考えはすぐに覆されることになる。


気配を殺し、府庫に一歩踏み入った梦須を、射殺すような殺気が襲った。そのあまりの恐ろしさに、梦須は後ろに飛び退く。

気のせい、と言うにはあまりにも明確な殺意すぎて。しかも、明らかに己に気付き、向けてきたもので。そして、その殺気の主は、あの穏やかなはずの紅邵可で。梦須は急な出来事に、彼にめずらしく混乱の色を見せた。


「そこにいるのは誰だい?」


穏やかな声の裏に潜むのは、獣の…狼のような凶暴さだった。頬をだらりと脂汗がつたったのがわかった。命の危険を、自分の勘と言う勘が告げていた。


「コソコソするなんて、何か後ろ暗いことでもあるのかな?」


あくまで穏やかに、温厚に彼は告げているはずなのに、梦須には刃物の切っ先を喉元へ向けられているような感覚を覚えた。


それからの梦須の行動ははやかった。竦む足を叩き無理やりに動かし、その場から脱兎のごとく逃走した。

11 / 97
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -