「副官をしてからでも、異動は可能だと思うが。むしろ、異動時に優遇されることを思えば、副官昇進は悪いことではない」
「そんなこと言って、もう。わかっていますよ? 御史台でそれなりの地位を得てしまったら、そう自由に異動はできません。閉鎖的な組織であるために、後継者や代役の人間が立ちにくいんでしょうね。過去の例なら洗ってあります」
彼のことだ、デメリットなぞ既知のことだったろうのに、それには触れずに、すらすらと櫂兎に都合良さげな言葉だけを吐いていた。やはり気の抜けない人だと櫂兎は皇毅を睨む。
「……なら、これならどうだ。私は、お前のような人財を『副官』として必要としている」
はた、と櫂兎の表情が変わる。それをみた皇毅は口端を引く。
「お前好みの表現だろう」
「……よくご存知で。正直、そうやって私に合わせた言葉を選んでくださる長官が、少しだけ気持ち悪いなと思いました」
正直、気持ちが揺らいでいるのは事実だ。
己を必要としてくれる場所があることが、嬉しくないわけがない。それを皇毅が、ダイレクトに言葉にして伝えてくるとは櫂兎は思ってもみなかったが。なんだか、彼らしくなくて怖い。
あまりに不躾な櫂兎の発言にも、皇毅は真面目な顔で返す。
「これでも私は部下思いだ、使えん奴は嫌いだがな」
「どの口が吐くんですか、本気ですか」
櫂兎は、本当に驚いているような、困ったような顔をして、対応に戸惑っている様子を見せた。
「少し、考えさせてください」
感情と計算とで、まともに思考も回らなくなってきた櫂兎に、皇毅は容赦ない一言を浴びせる。
「駄目だ。査定が来るのは今日だぞ」
「はぁっ!?」
これにはさすがの櫂兎も意表を突かれた風に目と口をいっぱいに開いた。
「正気ですか」
「だからうけるならば早く書類を埋めてしまうんだな」
「し、信じらんね…」
思わず素をだす櫂兎に、追い打ちをかけるように尚も皇毅は問う。
「さて、この話をうけるのか。蹴ってクビになるか」
いつの間にその二択になったのか、普段の櫂兎ならばこの誘導にも気づいただろうが、この時の彼には、その判断ができるほどの余裕が残されていなかった。皇毅に奪われていたともいう。
やがて、意を決したように櫂兎が口を開いた。
「……条件があります」
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