「しかし……紅秀麗は必ずここに来るだろうな」
「なんですと」
貘馬木の言葉に丙太守は眉根を寄せる。影月は妙に納得したように言った。
「きます。誰が何と言おうと、必ずお医者様と薬を伴って王都からこの虎林郡へ向かって。僕が知っている秀麗さんは、そういう人です」
影月の、『州牧』らしい顔に貘馬木は頬を緩めた。
(何というか、茶州もこういう奴が居てくれたら大丈夫な気がしちゃうよなぁ)
ここ十数年での変わり様は目に見えるほど明らかで、貘馬木の役割ももうこれで最後にしても問題ないような気がした。
ふとそれと同時進行で考え巡らせていたとき、“邪仙教”の目的に何かが引っかかったような気がした。
(紅秀麗が目当て? それが何故かも気になるが、本当に紅秀麗だけが目当てなのか…?)
「貘馬木さん、丙太守、これから何が起こっても、どうか秀麗さんに力を貸してあげてください」
「へ? あ、ああ、うん」
貘馬木は名を呼ばれたことで意識を現実に引き戻した。あのまま考え続けていれば何か出そうな気がしたが、今更もう一度考えなおしたところで自分が何にひっかかっていたのか分からなかった。
丙太守は影月の言葉に、返事のかわりに州牧に対する正式な跪拝の礼をとった。
「相乗りでいいよな」
「えっ?」
「その方がはやい」
その日のうちに、二人は石榮村に飛んだ。
『治療ができない』
陶老師に呼ばれて飛んで行った秀麗は、告げられた言葉に呆然とした。
このときまでには悠舜の他に、知らせを受けた柴凜と茶克洵も急遽登城してきていた。
故郷の地で起こったとんでもない事態を耳にして二人とも衝撃で顔を強張らせていたのだが、陶老師の一声にますます青ざめる。
華眞ののこした巻書には、この病の原因、予防法、治療法は事細か詳しく書かれていた。
『体内に巣食った虫を、その虫がつくる袋ごと取り出す』
腹を切り、取りだし、縫う人体切開。そこまで分かっていながら、治療のできない理由が――
「高度すぎるのです……」
絞り出すように、陶老師は無力を吐露した。
「あまりにも、今の私たちにとって、高度な技術すぎるのです。人体切開の術は、過去幾つもの例があります。けれど、そのほとんどが失敗に終わっています。腕を落とすならまだしも、命の源が詰まっている腹を切り裂くのは、相当の危険が伴います。先ほどの例でいえば、よほどの名料理人でない限り、腹をさばいた魚が二度と生き返らないのと同じです……。
人体切開の開祖は華娜老師と言われております……。華家には、人体切開に関するいくつもの秘術が脈々と受け継がれていると聞きます。人体切開を成功させた医師のほとんどが華姓なのです。けれどその多くは、親から子へ、口伝と経験によって受け継がれる……」
陶老師は自分の皺深い手を、顔を歪めて睨みつけた。
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