丙太守は何かを考えるように難しげな顔で黙った。そして、言いづらそうに口を開く。
「……杜州牧、通達を出した後で分かったのですが、実は煮沸は、既にどの村でも行われていたのです」
影月の目が見開かれる。
「どういう…ことですか…」
「村によって言い方は『シャツフ』『シャフス』『シャラップ』様々ですが、夏ごろ洋眉路村に訪れた旅人が、水の中に食すと死ぬ虫がいると言ったとか言わないとかで、辺りの村にもそれが伝えられたのだとか。実際にしていたかどうかは村によって様々ですが、実施されていた村でも発病は確認しました…」
「それじゃあ――」
それじゃあ――どうして?
「どっせい!」
二人の長い沈黙を破って、部屋に乱入する者がいた。
「だから大切なお話中だと――」
「俺だって大事な話だぁーっつうのおおお!」
勢いよく扉を開け入ってきたかと思えば、止める手を扉で押し返し、ガチャンと鍵をかけてしまった。
「お、影月もいるし丁度いいじゃん。いやー、急いだ甲斐があった! っていうか俺のカンやっぱ当たっててさあ」
「貘馬木! 戻っていたのか」
「えっ、貘馬木さん?!」
丙太守の言葉に影月がその人物を二度見する。この間まで燕青そっくりだった彼は、何の特徴もないのっぺりとした印象を受ける顔でそこにいた。
「おう。あ、この顔で会うのは初めてだったか」
貘馬木はそう言うと影月の手にしていた書類に目をやり、その奇病の記述にふんふんと頷いた。
「俺が知ってるのとそう変わらないな。さて、二人がそう表情暗く黙り込んでる理由を俺が当ててやろうか」
ぴん、と人差し指を立てて貘馬木は言った。
「奇病の主な感染経路として考えられるのが水、しかし予防策としての煮沸をしている村々でも奇病が発生していたから」
二人が目を見開くのを確認したところで、貘馬木はニヤリと笑った。
「そんなお二人さんに朗報だ。――水以外の感染経路、わかったぜ」
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