府庫でそんな誤解がされていることも知らず、櫂兎は朝廷内を一つの気配求め走る。
(――見つけた!)
黄色い何かが引っかかる感覚、その方向を目指し、櫂兎は駆けた。
「影月のあんのバカたれー!」
琥漣城で次々と届く報告に指示を飛ばしながら、燕青はそう叫ばずにはいられなかった。
「いくら茗才が帰ってきたっつっても、このクソ忙しい時期に一人ですっ飛んでくヤツがあるかー! 行くにしても俺に行ってから行けっつーの! おお、そりゃ行くっつっても止めたけどさ! ちくしょーそうだからか!」
――しかも、州牧印とともに燕青に全権を預ける旨の書状を置いて。
「だーっ! これじゃ今度は俺が琥漣城から離れられなくなっちまったじゃねーか!」
秀麗と悠舜もいない今、茶州の全権はすべて燕青の両肩にかかった。これはさすがの燕青も琥漣城から動けない。燕青がやろうとしていたことを影月に先にやられてしまったのだ。
「替え玉作戦の貘馬木もいつの間にかどっか行っちまってるし!」
燕青に成り代わって貘馬木が琥漣城にいる振りをする約束だったというのに、彼が数日前から何処にもいない。
「お師匠もまたどっか武者修行にいっちまったし、香鈴嬢ちゃんもなんもいわねーし」
「やかましいですよ浪州尹!」
柴彰が投げつけてきた巻書を、燕青は間一髪で受け止めた。珍しい、いつも飄々とつかめない彼が苛立ちを露わにしているとは。
「薬も医師も全然足りません。とっととそれに印を捺してください! こうなったら貴陽全商連に掛け合います。勿論全部公費で落としてもらいます。あとで中央に大借金の言い訳をよく考えておくことですね!」
「よし! 『ひ孫の代までツケさせる!』」
「却下! そんなんじゃびた一文引き出せませんよッ! それと梦須から貴方に伝言です。『約束は破るためにあるんだぜ、仕事がんばれよォ』だそうですよ」
「あ、あ、あんにゃろぉぉお――!」
この状況を彼は予想済みだったということだろう。くぅと悔しげな顔をしながら燕青は印を捺した書状を柴彰に押し付けた。
――影月の疫病についての予見はほぼ的中していた。
石榮村の約半数が次々と倒れ、死亡者も数名の報告があがった。それに前後し、各郡太守を通じて千里山脈に接する村や街から続々と症状を同じくする『奇病』報告があがってきた。
影月の予見と違うのは、予想されていたより小規模であること、そして通達を出す前からも報告が多数あったことだった。
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