府庫に踏み入った悠舜は、中の光景をみて慌てて扉の陰に引っ込んだ。櫂兎が首を傾げる
「どうしたんだ悠舜」
「それは――」
「あら? 悠舜さん」
中から秀麗の声がする。
「悠舜さん? どうしたんですかー?」
「……お邪魔をして申し訳ありません……」
どういうことだと府庫内をみてみれば、おお、秀麗ちゃんに絳攸である。一緒に蜜柑を食べていたらしい。
「いい雰囲気だった、みたいだな……」
「櫂兎さんも、いらっしゃってたんですね」
「おおおお久し振りです悠舜様! 先ほどはありがとうございました棚夏殿! ご一緒に蜜柑はいかがですか!?」
面白いほどに慌てている絳攸は、ビシッと蜜柑を突きつけ、必死そうに小声で頼みごとをした。
「……ど、どうか……あの人には内緒に……」
「言わない言わない」
こくんこくんと悠舜も頷いた。ホッとした顔をする絳攸を、悠舜がしみじみと見つめている。
「俺は少し着替えてくるから」
蜜柑を断り櫂兎は府庫の奥に消えた。
悠舜から受け取った文で、秀麗は現黒州州牧・櫂瑜のもとへ向かったらしい。着替えから戻った櫂兎は気まずそうにしている悠舜と絳攸を面白そうにみていたが、その話を聞いて顔色を変えた。
「どうしたんです?」
「いや、秀麗ちゃんが一目惚れしちゃわないかと心配しただけ」
苦笑いして誤魔化したが、内心は焦りばかりがうまれていた。
(どうしてもう少し後で御史台の話を受けなかったんだろう、いやそこからじゃない、どうしてもう少し時系列把握できなかったかな…)
とにかく今はこうしている場合では、ない。
「……どうしました?」
急に椅子から立ち上がった櫂兎に、悠舜が不思議そうな顔をする。
「大事な用事を思い出した」
そう言い残し、櫂兎は府庫を出て行ってしまった。
「……あの、絳攸殿、櫂兎は秀麗殿が好きなんでしょうか」
「ぶふっ」
絳攸が咳き込む。しかし、その問いの内容に今までのことで心当たりがないわけではない。
「あの慌てようや、表情、そうにしか見えなくて。すみません、気のせいですね」
ぎこちなく笑い言った悠舜の言葉に、絳攸は考え込む。
「……まさか、先程焦った風に出て行ったのは櫂州牧に秀麗が本当に惚れてしまうことを危惧して?」
「そんなまさか……」
「ですよね……」
かわいた笑いが府庫に響くが、二人の表情はちっとも笑っていなかった。
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bkm