心は藍よりも深く 14
「そういえば、吏部尚書って紅一族のかたなんですか?」


櫂兎はその言葉に狼狽え隠れながらこちらをみている黎深に目線をやってしまった。悠舜がすかさず笑顔で綺麗に動揺を押し隠し、櫂兎の挙動不審さをもカバーして秀麗の問いに逆に問いかける。


「おや、なぜですか?」

「同期が吏部に在籍しているんですけど、なんだかお仕事をあんまりしない、しょうがない人みたいで。噂じゃ、櫂兎さんが冗官になったのも、吏部尚書がお仕事しなかったのが発端だったとか、絳攸様もいつもたくさんお仕事押し付けられてるとかって……」

「「…………」」


悠舜は嘘をつけず、櫂兎も思い出した風に額をおさえた。二人の沈黙が何よりの答えだ。


「その、今、うちに紅家の叔父様がいらっしゃってて……櫂兎さんもご存知ですよね、うちの父と違って、すごく優しくてしっかりしていて素敵なかたなんですけど、その方を通じて『お仕事をちゃんとしてください』とかってお願いするのって……やっぱり出過ぎ……ですよね……」


その言葉を聴いたか否や視界の端から黎深が飛ぶように仕事場のある方向へ戻って行く。元吏部の人間として、櫂兎は何だかとてつもなく泣きたくなった。何というか、数年間引きこもっていたニートの息子が「俺、働くよ」と宣言したような気分だ。


(ああ、秀麗ちゃんが神々しくみえる…)


息子に働く切っ掛けを与えてくれた、まさに恩師のようだ。


「秀麗殿」


悠舜がいつも以上に慈愛に満ちた微笑みで秀麗を見つめた。


「大丈夫ですよ。何も仰らずとも、秀麗殿のお優しい心は近いうちに必ずや通じましょう。数日中に、李絳攸殿もその同期のかたも、きっと大変なお仕事から解放されると思いますよ」


櫂兎がうんうんと大げさなくらい首を縦に振る。


「吏部は、これで救われる……」

「え?」

「あ、いや、何でもない」


櫂兎は本当に何だか泣き出しそうな表情になっていた。


「とりあえず吏部の件より先に、全商連の案件を片付けませんとね」


その悠舜の言葉に、櫂兎を心配そうにみていた秀麗がハッとした風に顔色を変え悠舜に意識を向ける。懐から全商連で預かってきた書簡を取り出し、悠舜に渡す。


「……さっき、凛さんと一緒に行ってきたんです。そうしたら、それだけ渡されて――」


悠舜は軽く目を瞠ると、書簡を受け取り、素早く目線を通した。


『柴凛からお話は伺いました。現在の茶州州牧たちとお会いする気はありません。鄭悠舜殿もいらっしゃらなくて結構です』


その全文を読み終えた悠舜の表情は秀麗の予想に反し、変わらず穏やかで優しげなものだ


「その、ご挨拶だけでもって、粘ったんですけれど……」


秀麗はぎゅっと拳を握りしめ俯いた。その手を悠舜は優しく叩く。
秀麗が見上げると悠舜はにっこりと笑っていた。


「どうしてそんなお顔をなさるんですか? 秀麗殿。これで私たちのお仕事は終わりました」

「え?」

「全商連との交渉は私達の不戦勝です。これで茶州に帰れますよ」

「…………………………え?」


秀麗は悠舜の顔をじっと見つめ、本当にわけがわからないというような声を漏らした。

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空中三回転半宙返り土下座
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