心は藍よりも深く 12
皇毅と晏樹が何時ものように話しながら(正確に言うならば晏樹が皇毅に絡み話しかけ、それを適当に皇毅が受け流しながら)歩いていると、人の少ない通路で人影に遭遇し、口を噤む。そう背は高くない。すれ違いざま軽く会釈するその人物に特に反応を示さないまま歩き続ける。離れたところで、晏樹が口を開く。


「ねぇ、何であんなところに冗官がいたんだろうねぇ」


迷いでもしたのかなぁと、とても楽しそうに晏樹はそう言った。


ここは蒼明宮付近であり、冗官がほっつき歩く場所ではない。ましてや迷い込むとすると方向音痴にも程がある。


「やる事がないんだろう、どうせ歩いているだけだ」


皇毅は何でもないことのように言った。晏樹が、意外だとでもいうような反応をしたのに、皇毅は溜息をついた。


「先程の奴が例の『棚夏櫂兎』だ」

「……へぇ、彼がそうだったんだ? もう顔忘れちゃったよ」


いかにも普通すぎてこの場所にいたこと以外のことには注意が向かなかったのだ。


「あー、でも何度か連絡や書類配布にも来たことあるような…ないような」


そのことすら曖昧そうに晏樹は話した。


「お前なら興味を持ちそうだと思っていたのだが」

「今のところはサッパリだなぁ、話す機会があれば違うかもしれないけど。そういう皇毅はご執心らしいね」

「……まあ、使える奴だからな」


だろう、ではなく、だから。断言は無意識かなと晏樹は思った


「あの状態の吏部で侍郎付きでは惜しかったからな、冗官になったのは好都合だ」

「勧誘上手くいってないのに?」

「既に手は打った。もう奴に選択肢はない」


冗官になって気が緩んだのか、本人に気付かれることなく事は容易に進んだ。


「切り札にはならないだろうが、気になる拾い物もあったからな」


直に落ちる、と、大層な捕り物のように言う皇毅。そこまで執着されている冗官に、晏樹は御愁傷様と呟いた。










「……うん、まあ、話し掛けられはしないだろうとは思ってたけどさっ、スルーかよ、礼すらスルーなのかよ!」


すれ違った2人組が遠くにいったところで、櫂兎は拗ねたように地面にのの字をかきながらぐちぐちと呟いた。
あの様子で長官は本当に俺を勧誘しているんだろうかと疑いたくなる。顔知られてないのか、それとも知った上であえての無視か。後者であってくれ
話し掛けられるのは非常に困るが、全く印象に残らずスルーされるのも切ない。


「櫂兎? 何落ち込んでるんです?」


戻ってきたらしい悠舜が櫂兎に声を掛ける。


「いや……俺って、影薄いのかなって、あはは…」


はぁ、と櫂兎は力なく項垂れた。

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空中三回転半宙返り土下座
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