悠舜と歩いていると、廊下で挙動不審にしている人物を発見した。よく見知った人物であったことに、二人はやれやれと溜息をついた。
「黎深、こんなところで何をしているんですか」
壁に張り付いてみたり柱に抱きついてみたりしている黎深に、悠舜は声を掛ける。ビクリとした黎深は、「何だ悠舜か」と息をついた。
「俺もいるよ」
「ああ、だから遅かったのか、待っていたぞ」
そうして黎深はふふんと笑った。
彼は、彼に不似合いな籠を背負っていた。中には蜜柑が詰まっている。その籠の中から包みを取り出したかと思うと悠舜に渡した。
「くれるんですか?」
「預かれ。そして秀麗に渡せ」
食いたいならこっちから持っていっていいぞ、と黎深は籠を悠舜に向けたが、悠舜は笑顔で断った。そうか、と少し残念そうに黎深は籠を背負い直す。
「いいか、誰からかを訊かれたら『親切で優しくて素敵な』をつけろ、だが名は明かすな。そして『こっちのほうがずっと美味しい』と伝えてくれ」
何とも注文が多い。悠舜は苦笑いする。
「黎深から渡せばいいのに」
「私はこれからくる秀麗を視界におさめるという大事な仕事がある」
真剣な顔をしてそういう黎深に、それは仕事ではなく、実益を兼ねた趣味なのではないかと二人は思った。
「秀麗ちゃん、これからくるんだ?」
「全商連から今こちらに登城中なのは影からの報告で把握済みだ」
この時代に警察などないが、櫂兎は思わず「おまわりさーん、ここです」とでも言いたくなった。立派なストーカー行為だと思う。
秀麗をまだかまだかと挙動不審に待つ黎深をあとに、二人は宣政殿に向かいだした。
「ねえ、櫂兎、この中身なんだと思います? 美味しいっていうくらいだから食べ物でしょうけれど」
「どう考えても蜜柑だろ」
「でしょうね、籠の中も蜜柑でいっぱいでしたし」
包みの中身をこっそりみた二人は、そこで綺麗な橙色の丸いフォルムを確認した。――うん、蜜柑だ。
「面白くありませんね」
「面白さを求めるのも何だとおもうけれど…」
しかし、籠に一杯あったところをみると、この渡す分の数十倍は入手したんじゃなかろうか。全部渡したいところをこの包みだけに留めたのは、黎深も少しは成長したということかもしれない。
宣政殿についた悠舜は、用事を終わらせてくると一時的に櫂兎と別れた。さすがにそこまでは櫂兎もついていかない。その場で待つことにしていた――が、普段は歩かない場所の新鮮さに面白くなってきて、少しフラフラし始めた。
(そう遠くに行かなければ大丈夫だろ)
第一ここに人が通るわけが――
そう思った時だった。
足音と話し声に足を止める。多分二人組、右の角からだ。あたりに隠れる場所は、ない。
己のエンカウント率の高さに櫂兎は頭を抱えた。
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