「治療はそう簡単にいかない、か」
「はい。……琥漣のお医者様では不可能でしょう。けれど進行を抑えることくらいはできます。今から必要な薬を書き出します。柴彰さんを呼んで、全商連で一両日中に薬と医師の準備を完了させ、即刻送り出せる手筈を整えてください。もし――もし治療の可能性があるとしたら」
影月はぐっと歯を食いしばり、痛みをこらえるかのように瞑目した。
「……州外にも、二通文を書きます。そのうち一つは秀麗さんへ」
「姫さんに?」
「秀麗さんに、主上付きの侍医――国の最高医官たちの即時派遣を陛下に要請してもらいます」
燕青の目が見開かれる。貘馬木はへえ、と口を横に引いた。
「――予防は可能です。人から人への伝染もありません。けれどある環境条件によって同時期、大量の発病者が出る可能性がとても高いんです。罹患の時期は秋の終わり、数ヶ月の潜伏期間を経て冬に発病します。そして、一度発病したら僕の知る限り完璧な治療法はありません」
「秋に罹患……おい、今はとっくにあそこは冬だぜ。てことは」
「……そうです。今からでは予防は無意味な可能性が高いんです。これから続々と発病の報告が丙太守に寄せられるでしょう。多分、石榮村は間に合わない……けれど、まだユキギツネを確認していない村なら」
「『早い冬がきたときには、水の中から魔物がくる』――あの辺の地域の古い伝承だ、水を介した何か、か?」
貘馬木の言葉に影月は少し驚いてからコクリと頷いた。
「――完璧な治療法はないっつったな!?」
「僕が知る限り、です。広い国です。どこかに治療法を知っているお医者様がいるかもしれません。けれど、呑気に捜している暇もありません。今この国で、お医者様同士の繋がりも連絡手段のとれる組織もありません。噂だけで国中を巡るという伝説の医仙を捜しても無意味です。残る可能性は、確実に居場所のわかる、国一番の医師が集う貴陽、宮城のみです」
「――わかった。すぐに文書け!! 今日の執務はそれを最優先にする」
燕青は扉を蹴破るようにして室を飛び出していく。
影月はすぐに料紙と筆を用意したが、筆を持つ手がガクガクと震えるのがわかった。
――これは、罰なのだろうか。
罪を犯した、自分への。
「落ち着け、杜影月」
震える手を貘馬木が手を添え押さえた。そしてまた、落ち着け、と声をかける。その静かな声に、落ち着かせられ冷静にさせられる。しかし、焦りがやむことはない。
――今、なんとかできるとしたら、自分だけだ。
その影月の心を読んだかのように貘馬木は口を開く。
「お前にしかできないことを今はしろ」
「……何でもお見通しですね」
「だてに人生経験積んでないからな」
「……今回貘馬木さんが姿をみせて茶州のお手伝い始めてくださったのも、こうなることを見越して、でしたか」
「流石状元。正確には『何かが起こることを見越して』だ。未来に何が起きるかなんて分からねえからな。
普通にお前ら州牧が就任して、茶家の事後処理なりなんなりするだけなら俺は出てこない」
だから、今回は例外なのである。それだけの事態だと、若き州牧が察したのがその表情からみてとれた。
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