心は藍よりも深く 02
「しっかし、いやー俺も自分たいして頭良くねーと思ってたけどさ、上には上がいるよな!」

「下じゃねェ?」


燕青の言葉に貘馬木はケラケラ笑いながらそんなことをいう。


「調べてみたらこーゆーヤツって結構珍しくないのな。名前は違っても似たようなのが昔からポコポコ出没しててびっくらこいたぜ。ただなー……」

「ええ、この時期にっていうのがおかしいですよね」


すぐに察して思慮深く眉を寄せる影月に、燕青も嬉しくなる。貘馬木は何かに気付いた風に口を閉ざしたが、それに2人が気づくことはない。


「だろ。俺が州牧に着任したときも似たようなのがいたなーって、これみて思い出したけどさ。こーゆーのってさ、つまり火事場ドロボーみてぇなもんだろ? 物騒なときにゴタゴタに乗じてやりたい放題やって人様に迷惑かけるってやつ。世の中わけわかんねぇときって、うっかりわけわかんねぇ話も信じちまうからなー。俺だってさ、腹ペコで死にそうなときに、目の前にあからさまにあやしい特大おにぎりが落ちてたら絶対食う自信あるぜ?」

「えーと、でも、僕もそう思います。世相が不安定になってきたときに民心を惑わすのが信仰集団の常套手段ですから。僕たちが赴任したときならまだしも、一応着任式も終わって安定期に入りはじめたこの時期にあえて怪気炎をあげることに、どんな意味があるのか……」

「これから不安定になると知っている場合、だな」

「……え?」


貘馬木の言葉に影月が眉を顰める。貘馬木は腕を組んだ。


「さて、何が起きるか。それとも、もう起こっているのか」


ま、先ずはその書簡読もうか、と貘馬木は燕青に声かける。応じて書簡を開いた燕青の後ろから一緒になって貘馬木はその内容に目を通して――声を発さず口の形だけで、嗚呼、と呟く。
燕青は険しい表情で目を細めた。


「……“邪仙教”とは直接関係ねーみてぇだな。丙のおじじに見張り頼んどいたから様子は書いてあるけど、今のところはまあまあ静かにしてるらしいし」

「じゃあ、なんのご用で? 速便できたんでしょう?」

「虎林郡の東、千里山脈に接する石榮村で、腹が膨れる謎の奇病が発症したらしい」


その言葉をきいた影月の表情が劇的に変化したのを、貘馬木は見逃さなかった。


「念のため琥漣から良薬と名医の派遣をってことでおじじから要請が――」

「――燕青さん!!」

「ん? うお、どしたおっかねぇ顔して」

「その村、千里山脈のどこら辺に位置してますか!?」


鬼気迫る影月の気迫に、何かを感じた燕青はすぐに要点だけ答えた。


「結林地方だ。千里山脈の一つ、榮山の山麓にあって、村っつっても街に近い。あの山で採れる石は硯としてまあまあ良質だから結構栄えてるんだ。例年より早めに冬がきたって報告はあったが、琥漣の援助が必要なほどではないって秋におじじから報告がきてる」


みるみるうちに影月の顔色が青ざめていく。即座に燕青から丙太守の文を受け取ると、『奇病』について書かれてある部分を食い入るように読んでいく。蒼白というより、もはや紙のように白いその顔色に、燕青の顔つきも引き締まっていく。――ただごとではない。


貘馬木は茶州の全図を探し出すと、卓に広げ千里山脈付近を中心に持ってくる。影月がそれに気付き、自分の考えが彼にも通じているのではないかと少し驚く。聞きたいことは山ほどあったがそれは後だ。千里山脈に沿って連なる小さな村々を影月は次々に指差した。


「――ここ一帯の村や街、そして各郡太守に宛ててすぐに僕が文を書きます。即刻州府の早馬を用意してください。もし、ここ一帯の里でユキギツネを見たという報告があれば、事は一刻を争います」



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空中三回転半宙返り土下座
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