「わー、悠舜俺が誰と知り合いでも驚かないって言ってたくせにー」
「それとこれとは話が別…じゃないですけれど! ええ!?」
今世紀最大の驚きとでもいうように悠舜は目をまるくしている。
戸部帰りに府庫に寄ってくれたらしい彼ら夫婦、まあご察しの通り、俺とは知り合い同士なのである。
「悠舜とは同期で、凛さんとは茶州全商連でお世話になったんだ」
紹介する側だったはずの悠舜が固まったままだったため、櫂兎は簡潔に状況説明をした。
「――まあ、そんなわけでお二人さんともお幸せに、そしてこれからもよろしく」
呆気にとられた二人をよそに、櫂兎は綺麗に言葉まとめた。
「でも櫂兎、思ったのだけれど一体何の用で全商連に?」
凛と知り合うとなれば、かなりの用件だろう。一体何の縁では気になるところだ。
「ああ、それは隠し」
「あーっあーっ!凛さんやーめーてー!」
凛が話しかけたところで必死の形相になり、櫂兎がとめる。怪しい、というよりかはこの友人をからかうのに丁度いい話のネタになりそうな予感がする。要するに面白そう。
「櫂兎」
悠舜は、菩薩の生まれ変わりかのごとく慈愛に満ちた表情をした。
「話してくれますよね?」
その表情の下には閻魔が潜んでいるに違いない。
「……は、話します」
櫂兎は畏まっては床に正座した。
簡潔にいうなれば、その話の内容は友をからかうものにはならなかった。からかうには手に余り、笑うにも笑えない。
「隠し花菖蒲印の様式考えてるの、俺なんだ」
こちらの予想も許容範囲も斜め上をぶっちぎった話に、悠舜は櫂兎らしいと思う反面、この友のことを己はよく知らぬことに気付いた。
悠舜は額を抑えた。
(通りで何着も隠し花菖蒲印の服を持っているはずですよ、屋敷も大きなわけです…)
屋敷については関係ないが、悠舜がそれを知る由も無かった。
茶州に学舎を建設する件において、予算を全商連が持つ話でも『隠し花菖蒲印』改め『花菖蒲印』の話が上がった。これひとつで、動く金の山は幾数か。人々を何をもってそんなにも魅了するのか。どれもそれも、服ひとつで。――その服を考えているのが、彼だったなんて。
「……はぁ」
「あー、悠舜、何でそこで溜息つくんだよ」
「櫂兎について考えても埒があかないといいますか、疲れるだけだなぁと思いまして」
何にしてもよりどりみどり過ぎないだろうか、と思うのである。きっと知らぬことまだ山のようにあるのだろうが……
知らぬが仏、という言葉がこんなにも身に染みたことはなかった。
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