「そういえば、姪御さんの書を手に入れたいがために不審者扱いされたこともありましたね」
悠舜は遠い目をした。思い出したくもない、という風に鳳珠は頭をおさえた。
「えっ、なになに、俺知らないんだけど」
「知らなくてよかったと思いますよ。そうですね、進士になってまだ間もない頃の話ですから」
その頃といえば、ばっちりくたばっている時期だ。
「散々だったな…」
そう吐き捨てた鳳珠に黎深は何をぉと喧嘩腰になった。
「可愛い秀麗の姿がみられて幸せだったろう!?」
それはお前だけだと突っ込むことすら諦められていた。
「金五百と妥当な額を言ったのに悠舜は高いと言うし鳳珠は飴で充分だと言ったんだ」
「いや、それは黎深がおかしいよ」
きっぱりと櫂兎に言われ黎深はしゅんとしたが、また力強い拳をつくった。
「しかーし、とにかーく!そうして飴と交換で無事に書は手に入り、きっと飴も秀麗の口に…ふはははは」
「手に入ったというか飴と書をすり替えて逃げたが正しいです、櫂兎」
「うん、何となくそんな気はしてた」
そしてこの場にいる者が知る由はないことだが、飴は秀麗ではなく静蘭の口におさめられていた。
「……ふっ、懐かしいな。もちろんあの時の書は額にいれて屋敷の一番いい場所に飾ってあるぞ」
「それだけじゃないぞ、私と悠舜は何度お前に付き合わされてあちこち引っ張り回されたことか…」
「可愛い秀麗が何度もみられたんだ、なぜ感謝しない」
むすりとした黎深の顔に、もう突っ込むのもつかれたという顔を三人はした。
「まぁ、それはいい。さあ、悠舜!茶州で秀麗がどう暮らし、何を話し、何をしてきたを、事細かに話すのだ!遠慮はいらない、私と悠舜の仲じゃないか!日に、際に、全てを話せばいっ……ああぁぁあ……」
また禁断症状だとでもいうようにうずくまった黎深を三人は無視した。
「…………悠舜、櫂兎、もう一度、乾杯」
「乾杯」
「かんぱーい」
うわごとのように秀麗の名を呼ぶ黎深の声が、延々ときこえた。
△Menu ▼
bkm