「……さて、ところで櫂兎」
「ん?な、」
に、と言おうとして、悠舜のそのあまりにも綺麗な笑顔に固まった。正確には、綺麗に貼り付けられた真っ白な笑顔の下から覗くどす黒いものに、だが。
「冗官になったそうですね、ききましたよ」
「……し、知ってたんだ?」
「ええ、しかも話を聞けばそこで気絶している黎深の仕業ではないですか」
「いや、決まりは決まり、破ったのは俺だよ」
それに悠舜は首を振った。
「そうしなければいけないほどに、黎深が櫂兎を追い詰めたようにしか見えません」
第三者がみてもこれは明らかですよ、と悠舜は言った。そして、黎深が櫂兎相手にそうまでするとは思えなかった。その上、そうした後にこうして集まったときの櫂兎と黎深の仲は至って以前のまま、逆にそれが不自然にしか思えなかった。
「一体、何があったんです?」
積もる話はたくさんありますが、まず先にお願いします、と悠舜は言った。困った風に頬をかいた櫂兎に、鳳珠は助け舟をだした。
「ここ最近まで、こいつは櫂兎のことを、国試で出会ったときからのことをまるきり忘れていたんだ」
「……はい?」
「忘れられてて、吏部にいる俺はその辺にあるぺんぺん草と同じだった、みたいな」
「……いつ頭打ったんですか?」
「さあ?」
何となく理由は判明しているが、あまりにもファンタジーだったので割愛した。
「で、拾い食いしたら思い出したんだって」
「意味がわかりませんよ」
「俺もわかんないけど時期が悪かったよなーって」
あはは、と軽い調子で櫂兎が言うのに悠舜は溜息をついた。
(さて、櫂兎はこれでいいとして、気絶から目覚めた黎深にはどんなお説教をすべきか……)
その場が悠舜の考えを察したように、その室の温度が一度か二度ほど下がったような気がした。
流石に転がしたままにしておくわけにもいかず、黎深は紅邸にまでおくっていくことになった。
「秀麗秀麗しゅうれっ……はっ…」
時折思い出したように呟きだして、正直言って怖い以外の何でもない。そんな黎深を軽々と背負い櫂兎は悠舜と鳳珠に手を振った。
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