欠けゆく白銀の砂時計 02
街が年末の雰囲気に包まれだした頃のこと。


「雪、か」


外にちらりひらりと舞う白色に、櫂兎は目を細めた。
府庫の窓を開けると、冷たい風が中に吹き込む。


「おおう、寒…」

「櫂兎、寒い」


書物を繰っていた手を止め、邵可は櫂兎に声をかけた。


「ごめんごめん」


バタンと窓を閉め、櫂兎は身震いした。


「うぇー、さっむ、さっむ!」

「冬だからね」


開けた君が悪いよ、と邵可は言い、ぽすんと書類を手渡した。


「これ、陛下まで届けて」


寒いから動きたくないんだ、と邵可は言った。動いたらそれなりにあたたかくなる気もするが、そんな気力湧くはずもなかったんだろう。


「……おう」

「いってらっしゃい」

「いってきます」


櫂兎は軽く手を挙げ、府庫を出た。







「失礼します、陛下」

「おお、櫂兎!入れ入れ!」


いつも通りのように、劉輝は仕事しているところだった。が、何か違和感を感じ考え――それが、あるはずのものがないことだと気付く。双花であるはずの二人が、この仕事忙しい時期に、いない。


「陛下、僭越ながら、何か私がお手伝いできることはありませんか?この量では年越しに仕事も持ち越しですよ」

「え?ああ、しかし…」

「おっと失礼手が滑りました。あっと不自然な風が、あらら偶然中までみてしまいました。このまま手を滑らせて処理してしまっても?」

「なかなか軽快な滑り方をするのだな、櫂兎の手は」

「お褒め頂き恐縮です、それは肯定ととっていいですね? まあもうすべりだしたものは仕方ないのでこのまま手が勝手に陛下のお手伝いをすると思います」

「櫂兎、よくお節介だと言われないか?」


櫂兎は目をぱちぱちと瞬かせて、それからくすりと笑った。


「よくお分かりで。ご迷惑ですか?」

「いや、ありがとう」


嬉しい、と劉輝は言った。


「では、お節介でもう一言だけ、朝賀の準備の前にでも、よければ珠翠とともに、府庫までお茶でも飲みに来てください」

「ああ、覚えていたら、是非」


劉輝はそうしてまた仕事へと手を戻す。
櫂兎は書類整理や、ちょっとした資料付けという、本当に劉輝の仕事をやりやすくする、手伝いに徹していた。


「……ものすごく仕事がやりやすくなったぞ」

「それはそれは、お褒め頂き光栄ですが、それもすべてお仕事される陛下あってこそ、私は単なる雑用しかしておりませんから」


劉輝は舌を巻く。ずっと絳攸が櫂兎を尊敬の眼差しで見たり、仕事するときやたら礼言っていた、その理由がわかった気がした。暫くすれば自然と休憩も勧められ、効率を損なわないまま仕事ができる。
彼が力あることは知っていたが、こんな風に発揮されるところはみたことがなかった。


(櫂兎は…すごかったのか…)


劉輝は名脇役を見てしまった気分だった。二刻ほど経ったろうか、櫂兎は影のできる位置をみて、あっとした顔をした。


「すみません、府庫にもう戻らなければならない時間のようです」

「もうそんな時間か。櫂兎、礼をいう。かなり楽になった」

「さて、何のことでしょう、私は手を滑らせただけですから。むしろご迷惑じゃないかと思ったくらいです。ふふ、ではまた何処かで」


櫂兎は綺麗な礼を残し、くるりと劉輝に背を向けて去っていった。

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空中三回転半宙返り土下座
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