欠けゆく白銀の砂時計 01
深夜――禁苑の奥にひっそりとたたずむ、静かな楼閣の天辺で、城下を一望しながら宋太傳と櫂兎は月見酒を楽しんでいた。そばには酒をついだ盃が二つ、静かに影を落とす。
不意に、そのうちの一つがさらわれた。
宋太傳は隣に座った友の顔を見もせず、盃の酒を煽った。櫂兎はふっと笑って盃を置いた。


「結局また茶州に行ったんだってな。で、終わったのか?」

「……終わった」


その一言に、櫂兎は瞑目し、宋太傳はそうか、と一言だけ呟いた。
ちらり、と宋太傳は隣に目をやった。


「なんだ、疲れた顔してやがるな」

「……戻った先英姫にこきつかわれての。まったくこのわしをこうも顎で使うのはあの女だけじゃ」


櫂兎と貴陽まで一度きた霄太師だったが、後始末がまだ残ること思い出し、戻った茶邸でまたこき使われ、へろへろになって帰ってきたのだった。
それをきいた宋太傳、櫂兎は腹を抱え笑った。


「あの宮を支える以外もする羽目になってたのか…」

「英姫も変わってないようだな」

「全っっ然じゃ」


ふう、と深い息を霄太師は吐いた。


「――女は、強いな」


酒杯に映る月が揺らぐのをみながら、宋太傳は、またそうか、と呟いた。


「そうか……終わったか。いっつも一人で突っ走りやがって……ったく、俺らが揉み消さねーわけねぇだろ馬鹿が」

「ま、筋金入りの馬鹿だよな」


どこまでも国と民のことしか考えない。そんな馬鹿が。
そんな彼の成してきたことを、その生き様を見つめ、受け継いでくれる者――克洵。
櫂兎は彼の瞳を思い出す。気弱に見えて、強い光を宿した、瞳。


「……仲障の、末の孫か。鴛洵がいちばん気にかけてた男だな。年明け、朝賀にくるのか?」


宋太傳の問いに霄太師はふっと笑った。


「英姫が蹴っ飛ばしても寄越すだろうて。喪中とかなんとか言ってられん。朝賀で新年の挨拶をして初めて公に当主と認められるんじゃからな」

「……鴛洵に、似てたか?」

「まだまだ遠く及ばぬがな。……よく、似ていた」

「気の優しい、いい奴だよ」


宋太傳はその言葉に破顔すると、隙のない物腰で立ち上がった。そしてすらりと腰の剣を抜く。


「……これで、ようやく、鴛洵のヤツを葬送(おく)ってやれる」


とん、と宋太傳は歩を踏んだ。酔いをものともせず、すべるように両の爪先がいくつもの円を描いていく。迷いなく複雑な歩を踏みながら、重い剣を軽々とめぐらす。


おお、と櫂兎の口から感嘆の息が漏れた。普段の武骨な彼からは想像もつかないほど見事で優美な――葬送の剣舞。


うつむいた霄太師に、宋太傳は静かな舞をつづけながら苦笑をもらした。


「霄……わしもそう遠くないうちに、お前より先に逝くんだぞ」

「……縁起でもないこというでない」

「何を悲しむ?俺も鴛洵も、充分すぎるほど、生きて、生きて、生きた。俺たちがいなくなっても、過ごした時が消えてなくなるわけじゃない」


霄太師はふいとそっぽを向いた。その表情が――寂しいと、そんな感情を知ってしまったという顔をしていた。


「……疲れたら眠れ。生きるのに飽いたら、俺と鴛洵で迎えに行ってやる。約束してやるよ」


影のように音もなく剣が舞った。そしてふわり、と霄太師の喉元に切っ先が突きつけられる。


「……約束じゃぞ」


霄太師は小さな声でそう呟いた。櫂兎は苦笑する。


(俺は後付け要因ですか、仲間いれてもらえませんか、そーですか)


拗ねたのが伝わったのか、剣を下ろした宋太傳は、ふっと鼻で笑って櫂兎の頭をガシガシと撫でた。


「お前はまだ生き足りないだろ、生きて、老いて、疲れて枯れてから眠れ、この若作り」

「……うっせ、長生きしろよ、さみしいだろうが」


櫂兎は、悔しそうにくしゃりと顔を歪ませた。

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空中三回転半宙返り土下座
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