久々に邸の様子をみにきてみれば、邸の門の鍵が開けっぱなしだった。
「何も盗られてなかったとはいえ、我ながら無用心にも程があるな…」
そうしてしっかり鍵をし、櫂兎は買い出しへと街へ足向けた。
「夕飯の買い出しはこれでいいとして…あ、墨と硯」
あと、祝言を記す紙もだ。
櫂兎は手元の『さいうんこくげんさく』を捲り、うんうんと頷く動作をした。そこには『なぞのうらないしとそうぐう』『おんなのひとはつよかった』『ゆうしゅんとこくじゅんがけっこんおめでとうする』とあった。
確かこの時期、克洵は春姫と、悠舜は凛さんと婚約だったような。取り敢えず今はお祝いをしたためた文を送るとして、朝賀で彼らが貴陽にきたときには、お祝いにとっておきの料理振舞おうと思った。
そして、ふと視界に入った文字に顔を曇らせた。
『ひょうけにしゅうれいちゃんがみつかる』
「これ…よくはないんだった、よな……?」
縹家。薔薇姫のいた場所、英姫さんの出の家、異能の家系。
そしてそこから、頁をめくる度、表情は暗くなる。
『さしゅうのきびょう』『こんきょのないうわさ』『えいげつくんのいのち』
「俺には――何が、出来るんだ」
それとも、これこそ、紅秀麗彼女が己の力で乗り越えるべき試練だとでも、いうのだろうか。
「……俺、知ってる人でも知らない人でも、人が死ぬの、嫌だ」
秀麗ちゃん本人が、死なない根拠だってない。だって、今、彼女は生きている。生きている限り、誰にでも同じく死ぬ可能性はあるのだから。
「俺に、何ができるか」
櫂兎は、もう一度小さく呟いた。俺にできること、俺が先を知っていることで、やれること――
「おう、すっかり治っとるな、元患者」
「……これはこれはいいところに、ふふっ、我ながら運がいい」
櫂兎に声をかけたのは、俺がヤブ医者な面しかみたことのない、しかし社会的に一応医仙といわれているほどの腕前らしい葉医師だった。
「……儂は嫌な予感がするんじゃが、その不気味な笑いをやめい」
「いいえ、笑うしかありませんよこれは。ところで葉せーんせっ」
「……物凄く嫌な予感しかしないんじゃが」
「ふふふ、嫌だなぁ、俺はほんのちょーっと、お願いが出来ちゃっただけなのにー」
「嫌な予感が当たりそうなんじゃが」
「そのお願いというのが――」
櫂兎は持っていた『さいうんこくげんさく』を懐にしまい込み、勢いよく地面に膝と手をついた。
「俺に人体切開用の刃物貸して下さいッ」
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bkm