「ああ、それと分からなくて困ったことが、ひとつ」
眼鏡をきゅっと上げ、楊修は言った。
「うん?」
「ここ数日の昼頃の尚書の行方なんですけれど…」
「櫂兎――っ!今日の菓子は何だ――!」
「……」
「……えーと楊修、そういうわけだ」
府庫の入り口に勢いよく飛び込んで来た黎深に、楊修、玉、櫂兎の目線が飛んだ。
「何故楊修がここにいる? まあそれはどうでもいい、櫂兎、今日の菓子は何だ」
「黎深ちょっと待ってな、非常に今の状況を飲み込めてない人には申し訳ないぞ、今説明しないとだ」
楊修は自分の知っている櫂兎と黎深との関係と、今の目の前の状況のかけ離れ具合に、思い切り戸惑っていた。玉に至っては、何故あの冷血と噂の吏部尚書が朗らかな表情で菓子を食べに府庫にまできているのかわかっていない様子だった。
「…棚夏殿、いつの間に尚書と仲良くなったんです」
楊修の問いに、櫂兎はそういえば楊修は黎深と自分の関係を知らないのだったと思い至った。といっても、黎深の方が俺を完全に嫌っていたのを目にしていたはずだから、無関係同士ではなかった程度には何となく察してくれているだろうが。
「うーんと、仲良かったはずだったのに、俺忘れられてて、何か嫌われちゃってたのが、ついこの間思い出してもらえて仲直り、みたいな?」
「元は仲よかったってことですか?あれ、でもどこにそんな接点が――」
「櫂兎は私と同期だぞ」
黎深は何でもないことのように、さらっと口にした。
「――ど…同期ッ?!」
それが意味するところは、櫂兎が悪夢の国試をくぐり抜けた一人ということで――
「どうしていってくれなかったんですかッッ!」
その反応を予想していなかった櫂兎は、あれ?、と頭を掻いた。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ!!!…多分」
「ちなみにじょ」
櫂兎は状元と言いかけた黎深に反応し、肩はねさせて黎深の口を塞いだ。
「うわあああああ黎深人はときに黙秘権を行使したくなるときがあるのであってだね!」
「じょ?」
「冗官だよ今はって言おうとしたんじゃないかなっ!うん、お前のせいだろーはははっ、てね!!
まあそれはいいからそろそろおやつでも食べようかー!どうせだしみんなでさ!多めにあるから、ちなみに甘煎餅」
「甘ッ煎ッ餅ッですっって――ぇ?!!?!」
話に食いついたのは玉だ。上機嫌ご機嫌興奮して跳ねては甘煎餅を急かした。
甘煎餅を皿にのせ、茶を淹れたところで皆でつまみだす。邵可は読書に没頭中のようだったので、少し取っておいてある。
「あっ、阿呆、ここからここまでは私の陣地だ、手を触れるな」
「誰が決めたんですかそんなこと!知りませんよ、ここの皿にあるのは皆のものです」
玉と黎深は甘煎餅争奪戦に忙しそうだった。
そちらをどれだけ子供なんだかと呆れた目でみていれば、つんつんと楊修につつかれた。目を向ければ、楊修は口を開く。
「忘れてるときは嫌っておいて、思い出したらこれだなんて、虫がよすぎるじゃないですか」
黎深に聞こえぬようか、楊修は小声だった。
「俺がこれでいいんだ、だからいいんだよ」
「……そう、ですか」
楊修の表情は見えなかったが、きっとしょうがない人たちだとでも言うように笑っていたのだと思う。
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