府庫に朝議の資料をとりにきたらしい絳攸と、本に埋れていた櫂兎は偶然、ばっちりと目が合った。
「あれ、絳攸、久しぶり」
「お久しぶりで――って棚夏殿?!久しぶりって場合じゃないですよ! 越権行為だなんて、一体何がどうしてそうしてしまったんですか!!!」
「あはは、成り行き?」
「笑いごとじゃないですよ!!」
大声で話す二人に、苦笑いして邵可は言った
「あー、二人とも? 一応府庫内では静かにね」
「す、すみません邵可様…」
しょぼん、とした絳攸はそれからぐるりと櫂兎に向き直った。
「どうして棚夏殿がこんなことになってるんです」
「うーんと、何処まで聞いたの?」
「吏部の皆から一通りは聞きましたよ、全部尚書が悪いじゃないですか!一応外聞悪いといけませんし、御史台の探りがなかなか終わらないので皆取り繕ってますが、内心どれだけあの尚書に怒り湧き上がっているか…!」
「はは、俺は皆で力合わせれば無理そうなことも出来ちゃうって気づいて欲しかっただけなんだけどな」
「その『皆』は棚夏殿居てこそでしょう?!」
「……あー、絳攸、あのさ、うん。お前照れ臭い、聞いてる俺が恥ずかしいじゃん」
「事実を言ったまでです」
「…うー、」
こういうところは、昔から真っ直ぐで変わっていない。変わらなさ過ぎて、それは欠点でもあり、魅力でもある。
「でも、だからって絳攸が尚書の仕事奪って色々背負うのはみてらんなかったし、たまる仕事がもどかしかったし…」
「き、気付いてらっしゃったん…ですか……」
「うん」
さらりと言った櫂兎に絳攸はがっくり肩落とした。
「でも、私がしないと…黎深様は、何故か夏の終わりか秋頃から、全く仕事をしなくなってしまって……」
「だからってあれじゃあなぁ。一応俺が越権行為執行したっていくつか肩代わりしといたけど、もうちょっと器用にやれよ。それじゃいつまで経ってもお前、尚書のお守りだ」
「……私だって、こんな形を望んでいるんではないんですっ、けれど尚書が――」
「……うん、『尚書が』、ねぇ…」
いつまでもそれを理由に、そして言い訳にしていては、迷ったままだ。
「道案内がないと進めないほど、絳攸は方向音痴じゃないはずだぞ」
少なくとも、俺が思っているよりきっと、ずっと、進む力を持っているはずなのに。
「……ぇ?」
わからない、といった顔をした交友に、櫂兎はにこりと笑って読んでいた本を手渡した。
「これでも読んだらいい」
そうして手渡したのは「迷子にならないコツ」
……やたら真剣にそれを見つめられたのには、何も突っ込まないでおこう。
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bkm