「ふ……ふふ、邵可、俺、幸せ」
本に埋れ嬉しそうに頁を繰る櫂兎を、邵可は微笑ましそうにみた。
「そう、それはよかった」
櫂兎が府庫で本にうもれる生活を始めて数日。仕事がないが故のずっと休憩時間。
(冗官案外いいぞ…全てを忘れて本に没頭できる)
ちなみに普段の邵可の仕事ぶりもそんなものだと気付いたのが二日前、それで給料が出るのだから、羨ましさにそこをかわれと思った。
そうしてまた今日も本に埋れ一日がすぎると思われていたが――
「兄上っ!」
その声にぴくりと反応し、櫂兎は静かに身を縮こませた。
「あにうえええ櫂兎がいませんんんん」
訪れたのは黎深だった。
「えっ、」
邵可は戸惑った風に本の山に一体化する櫂兎と黎深を見比べた。
「一体どうしたんだい、黎深」
「…思い出したんです。最後の甘煎餅が黒黒しくて、刺々しくて、炭の味しかしないくせ懐かしくて」
邵可は目を見開き、櫂兎に目線をやった。しかし櫂兎は本に視線を向けたまま、こちらに反応を示さなかった。
「…冗官になったとはいえ出仕はしてるから、彼自身に何かあったわけではないよ。邸には暫く戻ってないだけで、貴陽にはいるはずだ」
「出仕を…している?」
「ああ、しだしたのはつい数日前からみたいだけれどね」
「……会える可能性もある、ということですか」
「まぁ、そういうことだね」
「……そう、ですか」
黎深はふらりと椅子から立ち上がり、ぺこりと邵可に頭下げてから府庫を出て行った。
「思い出したみたいだけど、いいの?」
黎深が府庫を出て行ったのを確認し、身を伸ばした櫂兎に邵可は問う。櫂兎は不貞腐れた風に答えた。
「遅いもん」
「……」
ずっと待ってたくせに、この友人は、こういう時に限ってこうだから困る。
まあそうなるのも分かるが。間の悪い弟だ。もう少し早く思い出せなかったんだろうか
邵可は、また悩みの種が増えたと眉根に皺を寄せた。
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bkm