ことが動きだしたのは丁度八つ刻、府庫で茶菓子をつまみ、父茶を二人ですすっていた頃だった。
「兄上えええええ!」
バン、と大きな音をたて府庫に入って来たのは黎深、櫂兎は音に驚き身を固め、隠れられずにいた。
「差し入れに黒州から取り寄せた珍しい菓子をもっ……ぇ……? そこにいるのは…櫂兎か?」
目を見開きじっと視線を向けた黎深に対し、櫂兎はそっぽを向き無言だった。
「わ、忘れていたから仕方ないだろう」
黎深はオロオロとしては両手で抱えていた菓子包みをあっちやこっちやにして狼狽えた。
「そ、その…櫂兎…」
「……」
目の前に移動した黎深と視線が合っては、ぷいと背け、また黎深が移動してはそっぽを向き、櫂兎は一向に向き合おうとしなかった。
「二人とも好い加減仲直りしなさい」
見ていられなくなった邵可は、二人の襟首を掴み、ぐいと二人を寄せた。
黎深と櫂兎の額が、ゴチンと音をさせてぶつかり合った。
「痛てぇぇぇえええっ!」
「ぐぅぉぉおおおお!」
互いが互いに頭突きし合う形になり、目の前に星が飛んだ。
(かなりいたい、しゃれにならねぇよ、血でも出てるんじゃねえの…)
額を抑え、しゃがみ込む二人にお構いなしに邵可は話しだした。
「黎深、忘れていたことは理由にならない、反省するべきことだよ。
櫂兎もいつまで意地張ってるの、待ちに待ってたって素直に喜んでたらいいだろう」
「うううううう……」
櫂兎は、呻きながら黎深をみた。ばっちり目が合い、少し気まずそうに視線を彷徨わせ、それから向かい合う。
「……もう忘れたら許さないからな、馬鹿黎深」
そうして手を差し伸べた櫂兎を、喜びを満面にして黎深は見た。
「櫂兎…っ!」
がばあと抱きつかれ、比較的小柄な櫂兎は潰されにかかるかたちになる。
「ぐああ首しまるからあああ苦しい苦しい邵可助けてええ」
助けを求めに邵可をみるが、全くわかってくれやしない!
だからそうやって微笑ましいものみる目でニコニコしてんじゃねえええ!
この涙は、頭突きの痛さとくびしめられる苦しさのせいだ。断じて嬉し涙なんかじゃない。
そう思う櫂兎の頬を、一粒の雫が流れた。
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bkm