――刻は遡る。
「三日、かなあ」
休暇終え吏部に出仕した初日、復帰挨拶もそこそこに席についた櫂兎はそう呟いた。
「……三日、ですか?」
隣に座って彼と久しぶりの会話はじめようとしていた楊修は、その呟きに疑問符を頭上に浮かべた。それをみた櫂兎は、くすりと笑って言った。
「この脱落者続出の吏部で、溜まった仕事を消化するまでがな」
「――!!」
楊修は顔を驚きにそめた。
――ありえない、出来るはずがない。あの量、いくら彼といえど一人で如何にかなるものではない。そして今の尚書は梃子でも動かない。
「一体何をする気です?」
楊修の顔をみた櫂兎が小さく笑った。
「まさか楊修、俺が一人で全部やる気だとか思ってるのか?」
楊修の顔には『その通り、それ以外に何がある』と書いてある。櫂兎はまた笑った。
「楊修確か、吏部がマトモに機能してただか何だかの時期について知りたがってたろ?」
楊修はコクリと頷いた。それは確かに、いつぞやに言ったことがある。それもかなり昔だ。しかし彼はその時期に尚書が仕事をしていたことを一切合切否定した。つまり切り札はやはり尚書では、ない。
「あのときと同じ条件なら今日含め二日、けれど今じゃひとつ難しい条件があるから三日ってとこだろうな。あー…貘馬木殿がいればなあ。
あっ、あの、貴方楊修の皮かぶった貘馬木殿なんじゃ」
「無い
です」
頬を引っ張られた楊修は、真顔で否定した。
「だよなー。……うーん」
筆をとった櫂兎を、楊修は暫く見ていた。が、唸り、ああでもないこうでもないと言い出す櫂兎に、段々と待ち切れず震え出し――爆発した。
「いい加減、どうしてあ、れ、がッ! …三日で消えるのか教えて下さい」
楊修の大声に吏部は静まりかえった。楊修と櫂兎へ視線集まり、櫂兎は居づらそうに頬をかく。
中央机におかれた、吏部に届いた書類たちは、すでに床まで広がっていた。
「ええと…うん、まあ、丁度静かになったし話聞いてもらえそうだし、説明しようかな?」
それからされた説明に、そんなに簡単にゆくものなのかと誰もが思った。彼が話したのは、現在各々の記入の仕方の統一や、記入時に気にする項目、ただそれだけ。
「…で、人物査定の纏めは、この項目を箇条書きで、こっちは丸バツ記入。ああ紙が小さいですし見え辛いと思いますから、後で端から回します。俺の普段している書類わけの仕方とか地味に書いてみましたから、興味あったらそれもしてみてください。
私は今日中に、この中央机に積まれた資料を書類分けしてしまいます。明日にはそれを各人へ分けて机上に置いておきます。各々、約二日でできる分量を心掛けます。全員の二日分を分けきった余りは、私がやります。
なので、今日一日は今机にあるものを無くすだけに徹して下さい。なくならなければ、二日分終わったあとで。二日分が早く終われば定時で帰って構いません。他の方のを手伝うのも自由です」
間に息つきながら櫂兎は言い切った。
「えーと…そんなもので、質問は」
「……二日分というのは、本当に二日分か?」
おずおずときいた者へ櫂兎は頷く。
「はい、なるべく各人に向いた内容を適量、分けます。…問題は、分けるのが私だということで、私の分ける腕前を信用頂けないと、成り立たないんです」
だから、お願いです、と櫂兎は頭を下げた。
「今日含め三日で、終わらせることに協力して下さい」
「……三日で終わるのなら、いいと思います」
手が、挙がる。
「私も。どうせ今の調子じゃいつまでたっても終わらないですし、」
また、手が挙がった。
「棚夏さんが他の人よりいつもたくさんお仕事こなしてるのは知ってます、それも長年。その棚夏さんが長年の勘で他の皆でもできるって言うんですから、きっと出来るんじゃないかと、思います……」
そして、私も、私もと次々に挙がる、手。
日頃の行い…いや、長年の雑用姿は皆みてくれていたらしい。褒められすぎは恥ずかしいのだけれど
「ありがとうございます!」
満場一致に櫂兎は笑み綻ばせた。
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bkm