漆黒の月の宴 19
街道を出た先で早速、脇の石積みに座る少女と、少女の足をみていた少年を見つけた。龍蓮は懐から木簡取り出し、目の前の少女へと差し出す。


「そこな少年少女よ。さあこの施しを受けるがよい。なに礼なぞ無用。そして琥漣はあっち、金華は向こうだ。一日二日もあればつこう。君に幸あれ」

「そして俺は琥漣まで地味にお供させて貰うよ、護衛役は要らないかもだけど、旅は道連れ世は情けって言うし、多くて悪いことはないと思うし」


にこりと笑った櫂兎と差し出された木簡、そして龍蓮を、彼女――春姫は目を丸くしてみた。それから、そっと木簡を受け取る。それを確認した龍蓮は、小さく笑い、櫂兎に別れ告げた。


「また会おう、我が心の片割れよ」

「ああ、またな」


そうして龍蓮は、笛を吹き、また一人旅という我が道に戻った。少年二人は龍蓮の姿こそ茶州の禿鷹衣装にふさわしいと、熱い視線を送り、彼の頭で跳ねる大きな羽の入手あてがないことに残念そうな声をあげた。


龍蓮が遠くに行ったところで、少年二人――翔琳と曜春はこれから供するという彼が、みたことある顔であることに驚く。


「華蓮殿ではありませんか!」


翔琳はそうして馬ひく櫂兎に駆け寄った。曜春もぴょんぴょんとその場で跳ねる。
春姫は『藍龍蓮』と親しい様子の彼が、少年二人と知り合いだったことに目を見開く。しかし華蓮とは、ずいぶんと女々しい名である。


「今の俺の名は華蓮じゃない、櫂兎だ」


女装事情を知らぬ春姫は、改名でもしたのだろうかと首をひねった。


「おおそうでありましたか、では櫂兎殿!」

「我らとともにまずは金華まで行きましょうぞ!」


そうして張り切る二人に、春姫は待ったをかけた。そしてさらさらと地面に文字を書いて、この受け取った木簡があれば金華を経由する必要もないことを説明した。


「なんとっ!それではこれで直接琥漣にはいれるのかっ!?」


こくりと頷く春姫に、翔琳は改めて木簡をしげしげと見つめた。


「ふーむ。なのにうっかりお衣装に見惚れて礼も申さなかったぞ。大失敗だ。しかしなんと颯爽として義侠心溢れた若殿であろう。“茶州の禿鷹”に勧誘すればよかったな……」


「ああーそうですよ! 僕、僕あのお兄さんになら副頭目の地位を譲っても構いませんっ」


春姫はぎょっとして、彼らに『藍龍蓮』を説明しようとし、挫折する。
翔琳がはっとした顔で櫂兎をみた。


「櫂兎殿櫂兎殿っ!先程の御仁の名はご存知であるかっ」


櫂兎はくすりと笑って頷き、木簡を指した。


「二頭の龍と蓮の泉、ここにのってるだろ。それと同じ、あいつの名は龍蓮だよ。ああ、でも勧誘は諦めた方がいい」

「なっ、何故に?!」


それには櫂兎も眉間に手を当て、少し考えてから言った。


「龍蓮は…んー、多分茶州に小さくまとまってられるような奴じゃない。いや、別に“茶州の禿鷹”が規模小さいって言いたいんじゃなくて。一箇所にとどまらず過ぎ行く存在っていうか、来たと思ったらまたどっかいっちゃうっていうか」


台風がとどまれないように、彼もまた、乱すだけ乱しては、去る、そんな一人旅をしているのだと思うのだ。
櫂兎の言葉に、曜春がそんなぁ、といった顔をした。

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空中三回転半宙返り土下座
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