漆黒の月の宴 20
龍蓮の勧誘成功しないときいて残念そうな二人に櫂兎は苦笑いした。


(まあ自由さなら、彼ら――翔琳と曜春のほうが、それこそ『名』にも、『家』にも縛られない、風のような存在であるのだけれど……)


「さーて、んじゃお三方、この木簡あるんだし早速琥漣へ向かおうか」


春姫は櫂兎の提案に頷く。それをみて翔琳は顎に手をやった


「だが櫂兎殿、琥漣にくるときは金華の偉い人にひとこと言ってけというのも燕青の依頼なのだ、それに反しては義賊の名折れ……。そうだ、曜春、金華の偉い人にこの旨申し伝えに行ってくれるか」

「がってん承知でござるー!」


単独の密命(ただしその場の櫂兎や春姫にはばればれ)を受けた曜春はハリキり、疾風にも劣らぬはやさで金華へと駆けていった。櫂兎はそれを見送り、馬に乗る。

……子供に女の子背負わせ走らせといてお前は一人馬の上かよ、と言われても仕方ないかもしれない。だが、しかしだな!先程の曜春の走り具合から察した!! 確実に春姫を背負った翔琳の方が、俺の馬術の限界より速く走れる!!あ、何かに負けたような悲しい感じがする。


「さあ春姫殿、またおぶさってくれ。もうひと頑張りだから、いままでより速く駆ける。ここからなら今日中に琥漣につくぞ。もう崖を駆け下りることもないからご心配めさるるな。櫂兎殿は…お馬では少々行きづらいかもしれない道だが」

「いや、大丈夫。むしろ一人馬でごめん」

「何をおっしゃるか、気になさらぬな。何せ義賊の我らに、馬より速く駆けることは容易い」


それ、義賊どうこうというより、北斗仕込みの二人だからだと思う。

それから翔琳は、いざゆかんと駆けだした。慌てて櫂兎も手綱操りポテトを走らせる。ポテトは有難いやら手厳しいやら、容赦ないはやさで駆け、翔琳にぴったりついていく。トロッコとは違って座るところがとにかく上下左右に揺れるのだ。野道山道獣道、翔琳の後を走るポテトに、振り落とされないことだけ必死に櫂兎は乗っていた。揺られ跳ねるポテトの背中で、櫂兎はこの時間がいつまで続くのかと、半意識失いかけながら考えていた。


(泗紋さん、あなたの暴れ馬に乗れる気が知れません――)


今更ながら、州試に茶州へ馬で向かうとき、馬術基礎を教えてくれた彼を思いっきり尊敬した。






「うぇ……酔うってレベルじゃない……」


双龍蓮泉の木簡で、三人は無事(うち一人は馬に揺られすぎたせいか体調最悪だったが)琥漣に入ることができた。

馬からおり、しゃがみ込んだ櫂兎を心配そうに翔琳と春姫はみる。ポテトは心配しているのだかいないのだか、櫂兎の髪をもしゃもしゃと甘噛みしていた。唾液でべとつく頭も気にならないくらいに、櫂兎は弱っていた。


「大丈夫にござるか櫂兎殿!」

「……だいじょう、ぶ…だったらよかったよね」


あははははは、と表情のない笑い声をあげる櫂兎に少し翔琳は青ざめた。


「拙者、二人くらいおぶっても問題無いでござる、櫂兎殿も背に……」

「いや……いい、そんなことしたら翔琳大変だろう、俺は大丈夫。それより二人は行って。急いでるんだろ」


その苦しそうな顔や声で、その笑顔も無理してつくられたものであることが分かる。翔琳はくっ、と悔しそうな顔をして頭を下げた。


「かたじけないっ!櫂兎殿の想いは受け取っていく!!」

「ああ。……凛さんちはあっち、そこの角を右だ」


櫂兎が指す方を、翔琳は目線だけまず向けて、それからくるりと体を向けた。


「さらば、この犠牲決して忘れない!!」

「えっ、何それ俺死んだみたいじゃん? ちょ、ちょっと馬酔いっていうの?なんかそんなだからね!? っうえっぷ」


言ったところで、春姫背負った翔琳の姿はもう米粒よりも小さくなってしまっていて。
櫂兎は取り敢えず弁解やら何やらを諦めた。

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空中三回転半宙返り土下座
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